| わたしの素晴らしき仲間たち |
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人生50年、思うに一番の宝は良き友、良き仲間である。仲間というには失礼な方も多くいると思うがお許し願いたい。まさにわたしのヒューマンネットワークの軌跡である。
さらに詳しい連絡先等は、私 (sobasaki@olive.ocn.ne.jp ) の方へ(順不同・敬称略)
| 〔鳥塚和弘〕
歯科医/drtori@beige.ocn.ne.jp 昭和32年寄居町に生まれる。鶴見大学歯学部卒。鳥塚歯科医院院長。歯科医師の傍ら『ラブ・ボーンズ』というブルースバンドを結成。リーダー、ボーカル担当。日比谷野音でのコンサートは今でも語り草。私のよき仲間として数々のまちづくりにも参画。よりいふるさと懇話会、あらかわめっせの元代表。現在、大里郡市歯科医師会寄居地区代表。 | |
| 〔望月照彦〕 多摩大学教授/東京都渋谷区 昭和18年静岡県清水市に生まれる。日大理工学部大学院卒。都市計画を専攻。その後民間デベロッパーを経て独立。日大講師を経て現在に至る。私の最も尊敬するまちづくりインキュベーターのひとり。通産省、自治省、建設省等々国家機関に多くの提言をしている。著書多数。 | |
| 〔鈴木恵子〕
有機農業家/寄居町鷹巣 昭和22年生まれ。12年前に百姓志願者が集まり相互に助け合って百姓を目指そうと発足した『皆農塾』の代表。これまで通算50人以上の農業研修生を受け入れ、世に生粋の農業専従者を送り出している。くわえて現在百人ほどの都会の消費者を相手に無農薬有機栽培の野菜を中心に販売している。今、念願の自前の土地を取得し農的ユートピアを建設中。 | |
| 〔塗矢邦夫〕 教師/日高市高麗川 昭和14年東京生まれ。伊豆式根島と八王子で小学校教員18年。深谷市・さくらんぼ保育園で保夫5年。飯能市・自由の森学園にて創設時より中学校教員15年。奥武蔵清流大学事務局長として地域づくりに参加。膀胱ガンの療養中、自然をテーマにした絵手紙により病気を克服。豊かな自然の中で創造的に生きることの大切さを実感する。 | |
| 〔時田芳文〕 建築家/熊谷市 昭和23年熊谷に生まれる。日大理工学部建築学科卒。(株)時田工務店代表取締役。私のまちづくりの軌跡の原点のひとり。熊谷高校時代以来の友人で時代を捉え、かつその先鋭さはまず彼の右に出るものはいない。また造語の名手で『原域』『メッセワーク』『裕場』等々限りない。荒川塾主宰。彼の叔父は現熊谷市長で、私の仲人でもある。 | |
| 〔新井裕〕 トンボ博士/寄居町末野 昭和23年東京生まれ。明治大学農学部卒。埼玉県蚕業試験場主任研究員を経て現在、県営『花植木センター』に勤務のかたわら、ご存知『寄居町にトンボ公園を作る会』の代表をつとめる。会員700名にならんとする当会も今年で10年目を迎える。環境NPOの草分けとして高い評価を受け、今年県より『文化ともしび賞』を受賞。天声人語にも掲載される。 | |
| 〔須田税〕
チェロ奏者/児玉郡上里町 昭和25年上里町に生まれる。群馬交響楽団に所属。その後クラッシック愛好家の底辺の拡大のために退団。チェロの個人教授をしながら『出前コンサート』と銘打って音楽の大衆化と普及に努める。写真は玉淀河原での、お月見コンサートの模様。 | |
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〔勝野平二〕 画家/秩父郡横瀬町 昭和15年熊本は八代市に生まれる。銭なし平二と自嘲しながら無所属、無師匠の独自な世界を求めてひたすら街角の画家に徹する彼の生き方に共感するファンは数多い。田舎での創作にこだわる一方、年に一度の銀座での個展開催は彼の生きる矜持である。 |
| 〔栗原真紀〕 女将/寄居町武町 熊本県天草に生まれる。現在、寄居町きっての老舗日本料理屋『喜楽』の女将。かってノエビアのテレビコマーシャルで有名なイラストレーター鶴田一郎の実姉。粉引のやきものの名手、小川哲男を叔父にもち本人の陶芸の腕も相当なもので県北展40回記念賞を受賞する。 | |
| 〔津久井幹雄〕
寄居町町長/寄居町中町 昭和14年寄居町に生まれる。熊谷高校卒。そのあい前後して父を亡くし、若くして酒井材木店の代表になる。まちづくりの軌跡の第二ステージである『ふるさと懇話会』の初代代表。直後町議会議員に立候補し、二期目にして寄居町長に就任する。天性おおらかながら、苦労人としての情の細やかなところで多くの町民に慕われている。 | |
| 〔神田充王〕 金物店経営/寄居町中町 昭和22年寄居町に生まれる。日大工学部卒。まさに私のまちづくりの同志である。そくたく会、ふるさと懇話会、トンボ公園、あらかわめっせ、凌雲会等々の結成にすべて関わる。選挙における直感的カンの鋭さには彼の右に出るものはいない。現町長の最高ブレーン。 | |
| 〔恵小百合〕 江戸川大学教授/入間市 東洋大学卒。学び舎のない大学、奥武蔵清流大学の設立をきっかけに出会う。奥武蔵通信編集長。荒川流域ネットワーク代表。(社)日本ナショナルトラスト協会事務局長。江戸川大学社会学部環境情報学科教授。ソフトな語り口ながら状況を確かに捉えるすべにはさすがに脱帽。 | |
| 〔島崎厚〕 日本料理 板前/寄居町露梨子 昭和42年秩父に生まれる。機械精密工場から板前に転身。新潟県北魚沼郡守門村で開かれた「全日本おにぎり選手権」の「早にぎり」部門で3年連続優勝。(3分間に20個)現在『喜楽』勤務。写真は朝日新聞掲載より。 | |
| 〔宮内博章〕 寿司職人/寄居町武町 昭和24年東京西新宿に高級寿司店の息子として生まれる。13歳のころからにぎりはじめて18歳の時に寿司に関する技能優秀者として表彰される。現在『喜楽』の寿司職人として人気者。特に、こはだ、サバといったひかりものをにぎらせたら姿、味ともに最高。『寄居町にトンボ公園を作る会』幹事。 | |
| 〔マイク・ビンセン〕 カーディーラー/ニュージーランド 1951年ニュージーランド生まれ。母国にはドメスティックなカーメーカーはないため品質の良い日本車の中古車販売がいいビジネスになっている。その買い付けのため滞日中「喜楽」にて出会い意気投合した。お互いインターネットをやっていたのも親近感がもてた。さっそく帰国後メールをくれた。 | |
| 〔柴崎亮二〕 学習院大学在学/東京高円寺 | |
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〔小菅一憲〕 東洋パーツ(株)社長/長瀞町 昭和五年東京生まれ。かの渥美清と同じ小学校に通う。縁あって長瀞にて精密機械加工の工場を設立。実質創業者として卓抜なる経営手腕を発揮して県下でも有数の中堅企業に育て上げる。病弱を克服すべく習得した『気功』は今や相当なレベルで一線を退いてからのボランティアとして役立てたいとの事。 |
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〔藤井郷子〕
ジャズピアニスト、作曲家/狭山市 熊谷市に生まれる。熊谷女子校時代、これまでのクラシック一辺倒の演奏に疑問をいだきジャズに興味を持つ。板橋文男氏を敬愛しながら26歳にしてボストン、バークリー音楽院に入学、優秀なる成績で卒業。帰国。のち再渡米しニューイングランド音楽院に入学、生涯の師、ポール・ブレイに出会う。今回、師弟コンサートとして熊谷を皮切りにジャパンツアーを企画。秋吉敏子の後継として期待されるピアニストのひとりであると思う。 |
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