早起き日誌

平成17年 1月29日 或る新聞のコラム

 松本清張短編集『理外の理』から、「ある商品が売れなくなる原因は、一般論からいって、品質が落ちるか、競争品がふえるか、購買層の趣味が変わるか、販売機構に欠点があるか、宣伝に立ち遅れがあるか、といったところに誰の結論も落ちつく。・・・・不振の商品売れ行きを挽回するには、品質の向上を図って競争品を引き離し、購買層の動向を察知して商品イメージ転換をなすことが先決である。他の販売機構の不備とか矛盾とかは、商品が好評を博するとあとを追って自ずから改まるものだし、宣伝も生き生きとしてくる。利潤が増大すれば経営者は宣伝費を奮発するようになる。」これが原則なのである。

 しかし、この原則を忘れていることがあまりにも多くありませんか。何故売れないのかじっくり考えてみよう。 

平成17年 1月24日 亡き祖母たけの命日

 今日1月24日は亡き祖母大谷たけの19回目の命日だった。父や伯母3人と伯父が集まってお墓参りをした。毎年命日には祖母の子供が集まって墓参りをしているが、今年は我が家が定休日ということもあって、ゆったりと祖母のこと日常のことなど話に花が咲いていた。

 たけお祖母さんほど孫に慕われた人はいなかったろう。祖父が58歳という若さで亡くなった為に、家業を支えながら、近くに住む孫たちを本当によく面倒見てくれた。私と弟、ひとつ上の二人の従兄弟は夏の季節には、ほとんど毎日お祖母さんの油揚げあげが終わるのを待って、荒川の雀の宮河原に水浴びに出かけたものだ。河原に下りる坂の途中にあったお店でラムネを飲んだり、伊勢屋さんというラーメン屋さんで食べたベビーラーメン(子供サイズ)の味が今でも忘れられない。

 今日もちょっとした片付けことをしていて、祖母を囲んだ従兄弟会の写真を見つけた。最近は従兄弟とたけお祖母さんの話もしなくなっていることに気づいた。近いうちに祖母の思い出を肴に酒でも飲みたいものだ。


平成17年 1月24日 『豆腐道』(森井源一著)

 この本は京都の老舗豆腐店「嵯峨豆腐・森嘉」の5代目社長が自分の修行時代の話から、大豆へのこだわり、水への思いなどについて語ったものの聞き書きだ。同業者から見るとさらに興味深い内容だ。

 豆腐の凝固剤は今は「にがり」が注目され使用されているが、森嘉ではすまし粉(硫酸カルシウム、天然石膏)で通している。豆腐業界では京都ブランドを取得すれば京都でも一流だが、嵯峨豆腐はその上を行くといわれている。著者の工場の部材についてのこだわり、大豆の選定、豆腐製造機械(石うす、地釜)など全てにプロ中のプロだと頷かされる。

 豆腐道(とうふみち)は一度読まれると面白い書である。

平成17年1月23日 まちづくり交付金

 昨日、地元選出衆議院議員の新年賀詞交換会に出席した。来賓の方の挨拶に引き続き、代議士の挨拶があった。小泉政権に対する評価や郵政民営化、北朝鮮拉致問題など多くのことが語られた。

 その話の中に、寄居町の単独町政継続のことが話題になった。三位一体改革や少子化進行によって寄居町の財政は大変厳しい状況になる。(町当局の試算によれば、平成18年度以降5年間で、14億4000万円の歳入不足が見込まれるそうだ。)そのような状況下では、活用可能な制度はなんでも利用すべきだとして「まちづくり交付金」を紹介していた。

 私も「まちづくり交付金」の制度の詳細は分からないが道路事業や様々なソフト事業に使えるお金だそうだ。まちづくり交付金交付要綱にhttp://www.mlit.go.jp/crd/machi/koufukinyoukou.pdf 詳しく説明されている。

 花園町との2町合併が不調に終わったことははなはだ残念だが、単独で町政を継続することを決定した以上は「・・・単独での町政運営を継続せざるを得ない。」という受身の考え方は捨てて、寄居町独自の強力な生き残り戦略立案へと転換してもらいたい。福島県の矢祭町は2001年に「合併しない宣言」以降全国各地から現在までに463団体、4795人が視察に訪れているそうだ。矢祭町・根元町長は「昭和の大合併で、合併の役割は終わった。自立のための知恵を絞って地域づくりをする自治体が増えることが日本のためにもなる。」との持論を展開しながらも、偏った判断は押し付けないという態度で当たっているそうだ。

平成17年1月21日 町民説明会 1.

 先日、寄居町主催の「町の今後の方向性について」町民説明会に出席した。会場は役場職員も多数参加していたが、溢れんばかりの大勢の参加者だった。町民の関心の高さを示している。

 町長から、花園町と寄居町の2町合併が不調に終わったことへのお詫びがあり、今後ますます厳しさを増す町財政に対処するための方向性を概要説明された。特別職20%の減俸、町議会議員給与10%の減額が表明された。

 つとにアカウンタビリティー(説明責任)ということが言われるが、会場の意見や参加者の内輪話からも、当局の情報開示の不十分さや遅さについて不満の声が聞かれた。確かに合併問題に深く係り常に最新情報を得ようとしている人にとっては当たり前の情報かもしれないが、一般町民には後追い情報であったり、うわさ話のレベルの情報しか伝わってこないのだ。

 町民参加で簡素で効率的・効果的な新たな行財政システムの早期構築を目指す「寄居町新生チャレンジプラン2006」なるものを策定するという。町民参加を強調するからには、くさい物には蓋という態度でなく全てを情報開示することが大前提だろう。そして町が考えるところを先ずは示すことから初めて欲しい。ここに至って町民から意見提言といわれてもはなはだ難しい。
 合併が頓挫して単独町制で行くことが決まったのだから、今こそ寄居町のまちづくりの将来像を明確に示さねばならない。スローガンはもはやいらない。具体的な絵が欲しいのだ。財政面ばかりがクローズアップされているが肝心なのはこのことではなかろうか。

平成16年12月18日 暖冬で困った

 冬になると今年の夏の異常な暑ささえも忘れてしまう。(何とも人間は忘却の生物だ。)そして、今年もまた暖冬傾向のようだ。地球温暖化が原因なのかも知れないが、それにしてもここ数年厳しい寒さを経験していない。気温1度の上昇でGDPを2099億円押し下げるそうだ。

 スキー場はスキー人気の低迷とあいまって雪不足に悩み、衣料品は冬物コートの投売り、食料品も鍋物用の食材が芳しくない。消費税の将来的なアップや、定率減税の廃止など増税論議が喧しい中で生活者の財布の紐は絞まるばかりだ。何とかしなくてはいけない。来年は課題をひとつひとつ解決していこう。足元の出来るところから。

平成16年12月9日 景気は本当に回復している?

 急激な円高ドル安、石油価格の高騰、半導体生産の伸び悩み、さらには7月〜9月期のGDPは0.1%増とかろうじてプラスになったが、景気の減速傾向が明らかになってきたようだ。鉄鋼、自動車、船舶など一部の業界の好調さとは裏腹に、消費者の消費行動を如実に表す、百貨店やスーパーマーケットの売り上げは減少傾向にある。アメリカのように個人消費が景気を引っ張っている状況とは正反対だ。

 豆腐業界でも、篠崎屋のように東証マザースに上場する企業と、私どものような町店との間には経営の考え方から、仕事に対する哲学まで大きな差がある。いま町店が消費者の皆様に訴えることができるのは何か?優れた製造技術、伝統、地域性、・・・いろいろな面で大手企業の優位性が顕著になってきている。やはり「作り手の顔」と「買い手の顔」が見える商売の原点に戻るしかないだろう。最近の厳しい商環境の中で痛感している。

平成16年12月6日 「自然と川の博物館」

 埼玉県が県内の8館の博物館を2006年4月から4館に整理統合するそうだ。それに伴って寄居町にある「さいたま川の博物館」と長瀞町の「自然史博物館」を統合し、「自然と川の博物館」とする。そして統合される川の博物館は民間に管理運営をゆだねる方向で検討されている。

 埼玉県の財政の逼迫化が顕著な中で、組織のスリム化をするためにはやむをえないのかもしれない。しかし、「さいたま川の博物館」の統合は水と荒川をまちづくりの中心にすえてきた寄居町にとっては大きな衝撃でもある。確かに入館者が毎年漸減する中でリピーターを増やす努力が足りなかったことや、地元との緊密な連携が取れなかったことなど問題点は多々ある。

 管理運営を民間に委託するという方法が検討されているが、あれだけの施設の管理費や人件費を誰がどのように負担するのか、難問山積だ。合併が一頓挫した現在、寄居町の将来を考える上で重要な課題であることに違いない。全町的な議論をすべきである。


平成16年12月1日 あらかわめっせとふるさと懇話会

 11月30日の産経新聞の埼玉版に「熊谷の『荒川塾』来年20周年」という記事が掲載された。毎月19日を定例会日(トークの日)に東京でなく、地域に目を向けたメンバーが多彩な講師陣との交流を通じて、まちづくりに様々な提案をし活動を続けている。
 私の所属するあらかわめっせが1987年創設、よりいふるさと懇話会は1985年創設だったろうか。名水日本水と荒川を切り口に寄居町のまちづくりの活動をしてきた。全国水環境保全市町村シンポジウム(名水シンポ)やさいたま川の博物館への提言等様々な活動を続けてきたことは今でも誇りに感じている。しかし、悲しいかなメンバーの年齢が40歳後半から50代が中心となってきて、20代の若者がなかなか参加してこないのは残念である。
 先日も、あらかわめっせの講師例会に講演いただいた講師は42歳、もうひと方は30代半ばだという。「マーケティング研究会」と題した講演だったが多くの刺激を受けた内容だった。自分より年下の講師諸氏の明晰な分析力と説得力に感じるところが多かった。もっともっと若い人と話さなければいけない。先日紹介したBlues界の御大永井(ホトケ)隆さんは、下は19歳の若者と一緒にライブをやっている。Bluesというメジャーとはいえない音楽を、次の世代に伝えていこうという強い意思からだそうだ。なるほどなぁ。


平成16年11月26日大相撲のこと

 九州場所の最大の焦点は先場所優勝した大関魁皇の横綱取りだ。しかし昨日までの星取りを見ると、新横綱誕生の可能性は殆どなくなったように感じられる。私も魁皇は大好きだがここ一番での気持ちの弱さがある。今場所もその欠点が出てしまったようだ。それでも最後まで可能性がある限り頑張って欲しい。

 いま角界は外国人力士が増えて、「土俵上 日本人は行事だけ」などという川柳が読まれる状況だ。高見山に始まったハワイの力士の時代から今はモンゴルの力士とヨーロッパの力士の時代だ。横綱朝青龍を筆頭にモンゴル勢の活躍は目を見張るばかり。ただ私見を申し上げると、朝青龍の昨日の若の里戦を見る限り元気のよさと気合いは認めるが、勝負のついた後のパンチのような手の振りには見ていて不愉快さがこみ上げてくる。もう少し精神的な成長が欲しいと感じる。方や前頭筆頭の白鵬は19歳にはとても見えない。一代横綱大鵬を髣髴とさせる相撲振り、風貌、今一番期待している。

平成16年11月24日 早起き日誌を再開します。

 本当に暫くぶりでの更新になります。この10ヶ月の間にいろいろな事がありました。二転三転する市町村合併のこと、相も変わらず厳しい商売環境、町の行政委員のことなど等・・・この秋がすっきりとした晴天の日が少なかったように、どうもさっぱりと爽快な気分になりきれない。

 つい最近の話題をひとつ、去る11月20日にBlues Paradiseというライブがありました。場所は寄居の若い人に人気のあるSHOT BARのHide Lightというお店である。1999年のopen から5年、若いマスターの頑張りが着実に実ってきたのだろう。出演はdrtori &LoveBoneとBlues界の重鎮・永井ホトケ隆と新鋭ギタリスト上村秀右のDuoである。

 drtori & LoveBoneは何度かのメンバーの変更を経て、第3期LoveBoneと自称しているが、最近のライブはホトケさんやLeo(素晴らしい女性Soul Singer)さんからもアコースティックなBluesが高評価されている。今後の進化が楽しみである。そしてHotoke & Syusukeのライブはいつも興奮させられる。ホトケさんのMCはいつも何とも言えず面白い、Bluesの話、日々の暮らしの中の出来事などを織り交ぜて聴衆を惹きつける。今回はアンコールで私がリクエストした「I'd Rather Go Blind」という強烈なLove Songを演奏してもらって感動一入だった。 月に1度は頭をリフレッシュさせるのにも生のgood musicを聴きたいものです。

平成16年1月21日 合併に「公平」の概念を

 先日K衆議院議員の新春賀詞交歓会に出席したときの話である。自民党議員ではあるが今の自民党は「手段」を語り、野党民主党は「部分」を語っている。双方ともに問題の本質をとらえ、「価値判断」を国民に示していない。このことが国の屋台骨を揺るがせていると指摘していた。なるほどなあと頷かされた。

 そして、この地域でも市町村合併が大きな問題であり、首長、議員諸兄も大変悩んでいると配慮の言葉を述べた後に、合併も「進められている合併が、このまちにとって公平なのかどうか、そして住民にとって公平なのかどうかということを考えてみて欲しい。」と述べていた。深く掘り下げた話にまでは至らなかったが、自分なりに良く考えてみたい。

 国では市町村合併をさらに推進するために、政令指定都市でなくても合併後に旧の市町の名称を○○市××区のかたちにして区名で残していくことを検討しているそうだ。国もいろいろな手段を考えているものだ。


平成16年1月16日 食の安全

 昨年の米国におけるBSE(狂牛病)発見、今年に入って鳥インフルエンザによる鶏の大量死、半年前に採卵された卵が流通していた事件など「食の安全」がまたもや問題になっている。雪印乳業の牛乳再利用や、日本ハムの牛肉擬装問題などが大きな問題になってそれほどの時間が経っていないのにまたかと感じさせられた。

 ウイルスなどによる病気の場合ならいざ知らず、人間の良識で避けられる事件や経済効率性追求の副作用による事件などはなんとしても再発を許してはいけない。食に携わるものだけでなく、倫理観の欠如した人間が増えてしまったことは嘆かわしい。

 合併問題も昨年暮れから今年にかけて様々な動きがあった。ひとつ思うのは合併は行財政の効率化という面からのみ考えるべきではない。まちの歴史、文化、風土を考慮して、未来に向けての明確なビジョンを描けるかどうかが最大のポイントだと確信している。合併への取組みはまだまだ道のり半ばである。

平成15年12月20日 第8回合併協議会…北風と太陽

 12月18日に今年最後の合併協議会が開催された。協議案件が4つと少ないこともあって1時間弱の短い時間で終了した。議案内容にもよるが1つの質問があっただけで静々と進行した。今後は協議案件も残すところ少なくなってきて、大きなポイントは新市建設計画が一番の大きな案件となるのだろう。

 今回も全ての議案が済んだ後に、委員の一人から各首長に対して「住民説明会が開催されているが、住民の反応にどの様な印象をもっているのか?また合併協議会が発足して8ヶ月が経つがこれまでの経過にどの様な印象をもっているのか?手応えはどうか。」との質問があった。

 誰がどのように答えたとまで書くつもりはない。だが正直言って2つの立場に明確に分かれてきたように感じた。合併協議会主催の説明会については、・出席者が少なかったこと・出席者に若い人が少なかったこと・関係者が多く含まれていたことなどが指摘されていた。このことすなわち、住民に対する情報開示の努力が不十分であることの証左であろう。ホームページも開設し市町の広報誌にも協議会の報告を掲載しているのに何故こんなに関心が低いのか?住民が本当に知りたいことは何かをもう一度反省してみることが必要だ。

 北風と太陽の寓話は、韓国の北朝鮮に対する政策に関して、金大中前大統領の太陽政策が思い起こされる。合併協議会の中で「正確な情報を伝える責任がある。」「面白おかしくさわぐのは感情論に走っているからだ。」「議会の議決を経た法定合併協議会の重さを考えて欲しい。」「結婚にたとえれば結納を交わし、結婚の日取りまで決まっている。」このような言葉や話の中には、反対に一方的な見方と不正確な表現があることもよく考えれば分かるだろう。

 一方的な解釈、自身の論理の押し付けは北風的な発想であり、そこからは良い結果は生み出されないだろう。大切なのは相手の立場を尊重して、お互いに理解しあえるかたちを創り上げる太陽の姿勢が欲しいのだ。そうでなければ合併という大きな仕事は結実しない。

平成15年12月14日 地域ビジョンについて

 合併協議会が新市将来構想の説明会を開いている。深谷市、川本町、花園町、寄居町まで終わった。各地各様の反応があったようだ。私がここまでの説明やダイジェスト版を読んだ感想は、どうもこの地域は、ひとつの個性やビジョンというものでは規定できない。

 何故なのか自分自身で考えた結論は、やはり深谷市と岡部町、それに対して川本、花園、寄居町の2つの個性が厳然と存在している。それは合併によって、あるいは合併特例債という接着剤で道路や橋を作っても簡単に結び付けられるものではない。

 深谷市・岡部町は「いのちを生み、いのちを育む」地域、埼玉県で1位2位の農産物生産高をもち、埼玉県の全農業生産高の20%のシェアを占めている。ねぎ、チューリップ、ブロッコリー、畜産と全国的なブランドでもある。そして、深谷日赤を初めとして保健・医療・福祉の拠点性を併せ持つ。さらに埼玉工業大学や東芝など学術研究機関を連携すれば、これからの高齢化社会でも特色ある位置を占める都市が形成できる。

 片や、寄居・花園・(川本)の地域は関越自動車道・花園インターチェンジや鉄道・道路交通網の要衝となっており、観光客初め交流人口は寄居、花園だけでも300万人を優に超える。交流人口を生かしたまち、そして里山、荒川を初め豊かな自然との共生と連携を基軸にしたまちづくりが描かれる。

 地方分権社会が進展し、地域の個性がますます重要になってくる。財政基盤を拡大するには大きな合併が必要だが、ただ大きくなっても中心性のはっきりしない町はやがては沈滞していく。花園町・寄居町が仮に合併すると花園町の低借金、寄居町の低コストで、1市4町とその財政状況は遜色ないと専門家が指摘している。将来の子孫のためのまちづくりだからこそ、共有できる強固なビジョンを持った町が合併すべきであろう。この国の将来の形として道州制が考えられ、ゆくゆくはもっと大きな合併をという流れになろう。しかし、お金もかかり、手間も時間も費やす合併がそんなに短いスパンで繰り返せるとは思えない。それこそ無駄カネを捨てることになる。

 今は小さくとも個性ある、光り輝く町をつくり将来に向けて力を蓄え、きちっとした財政基盤を築く努力をすべきだと考えている。その後の形については子孫が判断する余地を残しておくべきだと私は思う。
 

平成15年 12月12日 合併に関する住民説明会

 合併協議会による住民説明会が開催されている。私も10日の花園町アドニスと11日の寄居町・鉢形財産区会館に参加した。おそらく花園では350以上の参加者、寄居・鉢形では300人の会場が殆ど満席になり後半の質疑応答は椅子を追加するような盛況ぶりだった。

 何事にも無関心が一番良くない。花園町、寄居町には1市4町の合併の枠組みから離脱して2町合併をという運動が活発化している。そんなこともあって住民の関心が日増しに高まっているのだろう。どう判断するにせよ先ずは知ることから始まる。

 津久井寄居町長の「合併問題は財政面だけで考えるのではない。いろいろな要素を十分に考慮して判断しなくてはならない。」 柳花園町町長の「新市の建設計画が来年の4月中には出るので、そのときに町長でもなく、議会でもなく、全ての情報を住民に開示してその意見を聞く。」私にとっては大変に傾聴に値するものだった。

 何をやるにもお金がなくてはできない。しかし財政問題だけに縛られていては、住んでよかった住んでみたい町は創れない。今こそまちのアイデンティティーが、まちの「顔」「物心両面にわたる支柱」が必要だ。 

平成15年 11月26日 広島 樹氏 日本画展

 昨日、広島 樹(ひろしま たつる)日本画展に行ってきました。広島先生は寄居町在住の画家である。奥様がまちづくりの同じ会に属していることが縁で知りました。

 日本画には殆ど知識のない私ですが、広島先生の絵には繊細さと雅さがあふれているように感じた。特に草花や植物の色使いには感動した。

 何年か前に遠縁だという日本画家の関口雄揮先生の絵を見たことがあったが、関口先生の絵の求道者的なものとは対照的に、古典的な美しさのようなものを広島先生の絵から感じた。久々に良い絵を見せて頂いた。

 寄居町には昔からの町民ではないが、日本画家、彫刻家、様々な人材が住まわれておられる。特に芸術家には魅力のある土地なのかもしれない。

 今日は午前中に第7回合併協議会が寄居町で開催された。地元の開催なので是非とも出席しようと思っていたが。今回に限り午前中の開催だという。仕事の関係で出席できないのが残念だった。懸案だった新市名称候補選定の公募方法についても殆ど意見もなく決まったそうだ。年末年始を挟んでどの様に展開していくのだろう。先ずは27日から始まる合併協議会主催の住民説明会で1市4町の住民からどの様な意見が出されるかが注目される。

平成15年 11月21日 寄居町産業文化祭・ふるさと祭典市のご案内

 来る11月23日午前9時から午後2時まで寄居町役場駐車場とアタゴ記念館を会場に開催される。私たち商工会会員は青年部、女性部、各商店会がそれぞれの恒例の催し物を行なう。(内容は来てのお楽しみ!)

 ふるさと祭典市は商工会がお客様に対して日頃のご愛顧に感謝して行なう。そして近年、ますます減少の激しい来街者の興味と関心を引くために様々な試みをしている。しかしイベント自体長く続いているだけにマンネリ化は否めない。

 かつて、環境問題をテーマに盛り込んでいくつかのイベントを企画したこともあった。空き缶回収競争。ゴミゼロ運動などである。しかし当時はあまり理解を得られなかった。循環型社会の構築が叫ばれて久しい今日もう一度原点に返って環境問題と商店街活動を考えてみたい。

平成15年 11月14日 はだしの散歩道のご案内

 来る11月16日(日)午前10時、寄居町役場をスタートに今年の「はだしの散歩道」鐘撞堂山コースが開催されます。参加費200円(保険料)、昼食持参にて自由にご参加いただけます。

 今年の鐘撞堂山コースは、(はだしの散歩道が今年で18回目になるが)第1回目のコースに戻ったものです。寄居町役場スタート→大正池→鐘撞堂山→円良田湖→五百羅漢→少林寺→花園城址→善導寺→寄居町役場ゴールの約9Kmのコースです。寄居町の観光名所、史跡を豊富に折り込んだコースとなっています。

 初冬の一日、里山の自然の豊かさを存分に満喫してください。のんびりと皆さんのペースで歩いていただければと思います。

平成15年 11月12日 1市4町の合併のこと

 合併協議会ではこれから住民説明会が始まるためか、各小委員会も殆ど開催されないようだ。新市建設計画策定委員会は新市の具体的な建設計画作成へ準備に入り委員会は小休止、新市名称選定小委員会は公募方法について法定協に下駄を預けて小休止、議員・農業委員の定数・任期の小委員会は全く動きが見られないようだ。
 
 (社)深谷青年会議所は合併問題について長年に亘り研究を重ね、大里郡の2市7町の首長を一同に会したシンポジウムなどを開催し、独自の合併ビジョンも策定したと聞く。また7月初めには「私たちのまちづくり」をテーマに広く合併市町の住民や識者を集めた会議も開催してきた。合併に関する深谷JCの取組みには深く敬意を表したい。

 本年度の理事長も、合併協議会の「まちづくり会議」で素晴らしい意見を述べられていた。この地域が勝ち組になるために何が必要なのか、そして「農業」を中心にすえたまちづくりの必要性、等に力点をおいて話されていた。

 私もかつて青年会議所に所属していたから、JCの運動論や、歴史も多少は分かっているつもりである。その頃JCについて市民からは「JCは新しいことを始めるが、はじめた事に対する評価と反省に欠けている。」と批判されたことがあった。住民の厳しい目である。

 深谷市を中心とした1市4町の合併協議会が4月に発足して7ヶ月が経過して、新市のまちづくりの将来像が発表され、住民説明会が開催されようとしている。合併協議会にはJCの先輩のK委員が参加して活躍されている。現在の理事長はまちづくり委員として参加もした。しかし、その後の協議会や小委員会でJCメンバーをあまり見かけません。それに7月の「私たちのまちづくり」の結果はどうなったのでしょう。私だけが知らないのでしょうか。ホームページの事業報告にも出ていないようです。

 こんな重要な時期だからこそ、(社)深谷青年会議所の合併に対する、総括を行い広く地域住民に自らの考えを訴えてはどうだろう。深谷JCにはその権利と責任があると思うのだが。

平成15年 11月9日 第43回総選挙

 10月28日公示11月9日投票の第43回総選挙はどの様な結果になるのであろうか。小泉改革の継続を訴える与党、方や政権交代が最重要の争点だとする民主党。これまでなじみのなかったマニフェスト(政権公約)を前面に打ち出して選挙民の判断を仰ごうとする選挙でもあった。

 それにしても、どこか緊迫感に欠ける総選挙とも感じられた。ここ最近の経済の好転が大きく影響しているのだろう。それに加えて自民党総裁選挙で「構造改革なくして成長なし」と唱える小泉首相に大して積極的な経済政策の必要性を説いた対立候補が大差で敗れたことで景気対策が選挙の大きな争点たり得なくなったためだろう。これによって野党側が景気対策、小泉首相の経済政策に対する対立軸を明確にできないのも大きい。総理大臣の衆議院の解散権というものはやはり伝家の宝刀なのだと痛感する。

 政治家とはどうあるべきかをつくづく考えさせられた。権勢欲の塊のような政治家、私利私欲に溺れる政治家、政治家にもいろいろなタイプがある。私が支持しているK候補は(贔屓のひき倒しと言われるかもしれないが)政治に懸ける情熱と愚直なまでの行動力、そしてずば抜けた政策立案能力については人後に落ちることはない。なんとか良い成績で当選して欲しいものだ。

 そのK候補は個人演説会で、第一に「徹底した行政改革の断行」その上に「将来不安をなくす社会保障制度の確立」「努力すれば報われる社会の確立」をしたいと訴えた。行政改革で国会議員の定数削減、閣僚、国会議員歳費の削減を明確に表明しているのには感心した。普通なら自らの保身に走るのが当たり前なのに、本当に腹が据わっている。今の市町村合併についても「合併は究極の行財政改革だ」というなら地方自治体が率先して、徹底的な歳出削減を行わねばならない。そこには地方公務員の給与や地方の単独事業などを見直すことも避けられない。

 それからもう一点、自分が財務金融委員会と農林水産委員会に所属しているのは、財務のエキスパートと共に、この埼玉11区の最大の産業は農業だと自分が考えているからと説明していた。やはりこの地域を考えるときは農業はどうしてもネグることはできないということだ。
 
 ただ、深谷市・岡部町の農業と花園町・寄居町の農業では基底が違う。首都圏への生鮮野菜供給基地としての農業と観光との複合型農業とでは根本的に異なっている。この違いは今後のまちづくりにおいても重要なポイントとなろう。
平成15年 11月2日 寄居町町民説明会と藻谷氏講演会

 町民説明会が10月27日月曜日の市街地から始まって本日用土地区で全7回が終了することになる。私が参加したのは市街地、桜沢の2地区だがこれからの自治体は大きくなければ立ち行かないという元助役さんが一人、1市4町の合併を強力に支持すると表明していたが、程度の差こそあれ現在の1市4町の枠組みに疑問を呈する意見が多く見られた。

 この説明会はこれまでの合併協議会の経過を町民に説明するというものだ。今年初めに市町村合併を説明する町の説明会が開催されたが、今回はそのときとは町民の関心の度合いに雲泥の差があるように感じた。合併協議会の会議が6ヶ月を経過して、我々の生活に密接な、税金の問題、水道料の問題、そして新市の名称、新市の将来構想が少しずつ明らかになってきたからだ。そして、町議会においては1市4町からの寄居町の離脱を願う請願が上程されたり、各種陳情があげられたりと様々な合併をめぐる動きがでてきたからだ。

 新市の将来構想については、合併協議会の住民説明会でという町当局の話だが、「1市4町で合併して、この地域(寄居)がどうなるのか全く分からない。」という意見や、「町として住民の意向を問うために住民投票をおこなうつもりはないのか。」「町で行わないなら、合併協議会で1市4町同時に住民投票を行うように求める。」意見も出された。合併問題については行政や議会の決定と住民の意向とが食い違うケースが埼玉県においても散見される。間接民主主義ではあるが町の将来を決定する非常に重大な問題であるから、高い投票率の下での住民投票を実施して決すべき必然性があると考えるがどうであろうか。

 藻谷浩介氏の市町村合併講演会が10月31日に花園町アドニスで開催された。200人弱の参加者ではあったが、2時間を越える講演であったにもかかわらず、席を立って途中退出する人を殆ど見なかった。寄居町の町民説明会に出席されていた方も何人も聴講に来ていた。そして、合併協議会事務局の面々、新市建設計画小委員会の委員、花園町の議員諸氏と多くの面識のある方々が出席されていた。

 藻谷氏の講演は、あくまでも数字に裏打ちされた講演だけに説得力がある。「小さい自治体は財政力のある大きな自治体と合併しなければやっていけない。」というのが常識のように言われ続けてきたが、ことはそんなに単純ではない。1市4町と花園・寄居の2町合併を財政面で比較した場合、「2町合併の場合は寄居の低コストと花園の低借金の良さが両方残り、1市4町の場合に遜色のない財政状況だ」という。しかし自前の税収は収入の4割で、国からの交付税に3割弱は頼るから厳しいことには変わりないそうだ。

 「合理化しなければ行政はもたない」「しかし合併してバラマキが増えるのも悲惨」「お互いに痛みを分かち合える範囲での合併!」この3点が強調されていた。肝に銘じなければいけない。

平成15年 10月25日 死刑台のエレベーター

 1957年フランス映画だ。学生時代背伸びをしてジャズを聴いていた頃に、マイルス・デイビスが音楽を担当したことで名前だけは聞いていた映画である。今回初めてBSでじっくり観た。ジャンヌ・モローのどこか翳のある冷徹な美しさにぐいぐいと引き込まれてしまった。

 1957年つまり昭和32年の映画である。私の生まれた当時のものだ。先日も小津安二郎監督の生誕100年を記念して特集をしていたが、昭和30年代の作品「小早川家の秋」「秋刀魚の味」などを観ると当時の映画は複雑なストーリーがあるわけではないのに、観るものを惹きつけてやまない。俳優たちの魅力、映像の美しさ(有名な小津監督のローアングル)そして、(時代は高度経済成長に向かっていく頃なのに)何ともゆったりとした時間の流れが画面から伝わってくるのである。

 スロー社会とは、単にゆっくりということでなく、手間ひまかけて物事をを深く追求し、保存、再生に重点を置いた社会だと説明されている。分かるようで分からないところがある、一度小津監督の映画を見てみると何とはなしに見えてくるものがあるかもしれない。

平成15年 10月24日 第6回合併協議会を傍聴して

 10月22日第6回合併協議会が花園町・農業者トレーニングセンターで開催された。私の傍聴券の順番が38番だったからここ何度かの合併協議会の中では一番傍聴者が多かったように思う。

 会議は2時から5時過ぎまで3時間以上を費やした。重要案件を含め9の協議案件があるのだからこの程度の時間は当然だろう。しかし、何とも非建設的な会議だったとも言える。新市の名称候補の公募に係る1市4町の名称の取り扱いについてでは、暫時休憩で正副会長会議を行い1時間半にわたる協議の後、なんと津久井副会長からこの議案を取り下げて、調整案を出したいと発表。引き続いて小川副会長が調整案の提示。何故突然に副会長なのか?傍聴席からは首をかしげる方もおられた。

 結論は、先例市の折衷案を採ったということだ。春日部市・宮代町・杉戸町・庄和町合併協議会の方法と同じだ。「合併関係市町村名は公募対象から除く。次に応募から選考された候補に、合併関係市町名の5つを加えて合併協議会で決定する」というものだ。第5回の協議会で全く同じ文言で議論し意見の合致をみられなかったのだから、時間を有効に使うためにも初めから折衷案を提示してもおかしくないと思うのだが。次回はどの様になるのか?

 新市将来構想(その2)については、案の定というか、誠に残念なことだが事務局の「立て板に水」の如き説明に1点の質問もなく承認された。計画担当の事務局にとっては予想されていたとは言え、苦労の成果をもっと委員の皆さんに揉んで貰いたいというのが本音だろう。「スロータウン」という聞きなれない言葉、よくよく説明を読んでみると、建築家の黒川紀章氏が「共生の思想」で提唱した「共生」の概念と同じではないだろうか。二律背反するものをどちらかを是とするのでなく、お互いの個性や文化を認めつつ競争し、対立し、批判しつつ協力するというのを黒川氏は共生の思想と呼んでいる。流行語をちりばめるのも良いが、もっと分かりやすく表現して欲しかった。

 もう一点言わせてもらえれば、これからますます地域間競争が激化するが、その時代を生き抜くためにはよりグローバルに考え、よりローカルに実践していく。個性的にまちづくりをしていくことが大切だと感じている。どこにでも当てはまる抽象的な概念では柔軟性には富んでいても、一点突破の鋭さにかけると思う。 

平成15年 10月18日 合併講演会『市町村合併ー未来への選択ー』10.31花園アドニス

 来る10月22日は第6回の合併協議会が予定されている。新市名称候補選定小委員会が名称の公募方法で意見が分かれ、合併協議会に協議を託したが前回の第5回合併協でも意見の一致はみられずに継続審議になっていた。さて今回の合併協で結論は出せるのだろうか。ひとつの大きなヤマ場がやってきた。

 それに加えて新市の将来構想と主要プロジェクトが合併協議会に上程されることになっているが、前回の(その1)のように事務局説明に時間が割かれ、委員からの意見が殆どないようでは寂しい。全ての合併市町が納得して共有できるビジョンなのかどうか。是非是非、徹底した議論をお願いしたい。

 花園町と寄居町の青年層が中心になって、今回の合併を勉強し「未来への選択」を決断するべく講演会を企画した。10月31日 花園町アドニスの大ホールを会場に、日本政策投資銀行 地域企画部 調査役 藻谷浩介氏を講師に迎えて、1市4町の合併が本当に地域の住民の幸福にとって良いのかどうかを講演してもらう。きっちりとした数字の裏打ちと独自の人口動態論も交えて分かりやすく、かつ具体的に話をされるのが藻谷氏の特徴だ。今から楽しみだ。

 2月3月の寄居町、6月の長瀞町、さらに9月の西秩父と藻谷氏の埼玉県北地域の合併行脚が続いている。今回の花園町の講演会はその集大成である。一人でも多くの住民の方の参加をお願いしたい。

 

平成15年 10月15日 第9回新市建設計画策定小委員会
 ー新市の将来構想と主要プロジェクトが承認される。ー
 
 全3回の審議で新市の将来構想と主要プロジェクトが承認された。深谷市のK議員から委員からの意見や考えをもとに構想を作り上げる機会を作ってほしいという要望が過去の委員会で出されたが、結局は事務局が作成したものを修正したり追加したりということで策定は終わった。

 さて、寄居町9月議会で議論された合併問題について、ひとつの判断の材料が提供されたことになった。新市の将来構想と主要プロジェクトについて議員各位はどう判断されるのだろうか?是非、判断基準を示してもらい、議員諸兄の判断をお示し戴きたい。

 もうひとつ今回、追加資料として、財政のシュミレーション(合併しない場合)が資料として示された。各市町が合併しないで現在の行政サービスを維持した場合、将来の財政状況がどのようになるかを検証するために作成されたものである。作成の前提条件として基本的なルールとして「共通条件」を設定し、各市町の実情に応じて「特殊要因等」を加えて平成26年までの10年間の推計を行ったものということである。合併協議に参加するときの当町議会議員や役場職員にとって「合併に取り残された場合に危惧される最大の課題」だっただけに注目したい。

 町主催の町民説明会の後、11月中旬から1市4町合併協議会主催の住民説明会が開催される。深谷市3回、寄居町2回、岡部、川本、花園町各1回の合計8回開催される。(1)これまでの協議会の活動や今後の進め方の説明 (2)新市将来構想の説明 (3)主な合併協定項目の説明 が行われる。 合併協議の状況を報告し、合併の是非に対する判断材料を住民に提供することを目的とするとしている。 この説明会は、今回の合併の行方を占う、第1の最大のヤマ場となろう。

 合併の是非に対するという記述で委員会は大きくもめた。是非という言葉は各地の合併反対の動きにあぶらを注ぐ表現だから削除せよというもの、いや法定合併協議会とは合併の可否を含めて協議する場なのだから当然記載すべきという意見、、、、法定合併協議会とは合併特例法第3条に「合併しようとする市町村は、合併の是非を含め、市町村建設計画の作成やその他合併に関する協議を行うための協議会を設置する。・・・」と規定されている。

花園町のU議員が一人で正論を述べていた。Uさんの孤軍奮闘に全面的に応援したい。

平成15年 10月8日 第8回新市建設計画策定小委員会

 昨日7日に開催された小委員会を傍聴した。細かい字句の訂正などがあったが、大筋の内容は前回とほとんど変わらないものだ。

 市町村合併には、吸収合併と新設(対等)合併の2種類がある。1市4町の合併は新設合併である。すなはち対等の立場の合併であるはずだ。しかし市制をとるまちと町制をとるまちの間には人口、役所の体制、経済力、歴然とした差がある。どうすれば対等の立場での合併になれるのだろうか。

 民間の企業同士の合併の場合、このように差のあるものの合併で対等などということはあり得まい。そこで自治体同士の対等合併では、よく言われるように大きい自治体が多くの面で小さい自治体に譲ることをしないとまとまらないと思う。

 第8回小委員会を傍聴して私が感じたのは、深谷市は全ての面で自分の主張を通さないと気が済まないようである。新市の名称で議論が暗礁に乗り上げていることは既に述べたが、新市のまちづくりの将来像と主要プロジェクトにおいても然り。(スロータウン)(ユニバーサルデザイン)この二つの概念は深谷市の市政の大きな柱であり、なんとしてもこの概念を新市にも持ち込みたいことが分かる。主要プロジェクトのひとつ・すべてにやさしいユニバーサルデザイン推進プロジェクトの題名の字句変更については採決まで行われた。ユニバーサルの字句を削除することについて賛成8名、反対5名、棄権1で3分の2の賛成とならずに否決された。

 「互譲の精神」といわれるが、もう一度この言葉を考えて欲しい。そして深谷市にいえることはそのまま寄居町にも当てはまることを胆に銘じたい。

平成15年 10月6日 寄居町にトンボ公園を作る会15年記念誌

 「トンボ公園とその仲間達」と題した記念誌を頂いた。寄居町に数あるボランティア団体の中でも「トンボ公園を作る会」は、会の理念においても運営においても比肩するものがない。15年という歳月のうちには様々なことがあったと聞く。しかし、寄居町各所のトンボ公園、トンボ公園祭り、トンボ公園音楽祭と活動は歳月を追って地域にしっかりと根ざしてきたように思う。

 トンボ公園の草創期に尽くされた故人に対する感謝と尊敬の念。だれかれの区別なく思いを同じくする人への優しさ。そして時には真剣さのあまり激論を交わした思い出などなど、トンボ公園の仲間たちの気どらない文章が素晴らしい。インタビューあり、論文あり、詩ありと様々な表現方法がトンボ公園の性格を表しているようだ。

 是非、皆さんもご一読いただきたい。

平成15年 10月1日 第7回新市建設計画策定小委員会

 2ヶ月遅れで合併による新市の「まちづくりの将来像」と「主要プロジェクト案」が提案された。事務局提案に対して多くの意見が出された。事前に資料が配布されていたようだが、意見を聞くと委員の間にも真剣さの度合いが天と地ほども違うように感じた。

 「すべてにやさしく 笑顔と活力にあふれる 健やか市民都市〜県北をリードする人口20万の中核的都市・特例市を目指して〜」これが将来都市像だという。何とも抽象的で、どこの都市の話だろうかと感じた。何故こうも他人事のような表現になってしまうのだろうか?

 各市町の基本構想を検証して最大公約数を探し出そうという手法のように感じた。合併協・事務局の苦労は理解できる。しかし、あまりにも地域特性を軽んじ、八方美人の当たりさわりのないものになってしまってはいないか。これでは何故1市4町が合併するのか、そしてどの様な町をつくろうとしているのか曖昧模糊として伝わってこないのだ。これは揚げ足取りのつもりではないが人口20万人の特例市というが、20万人は平成 27年の将来予測人口で、開発により人口の増加を見込んでの数字である。いま現在 18.5万人 人口減少社会の到来の状況で20万都市になることは至難のことである。

 もうひとつ、新市のまちづくりの基本理念が3つ示された。(1)だれもが恵まれた自然と育まれた文化を共有できるまちづくり(スロータウンの考え方に基づいて) (2)豊かな心と新市の活力を創出するまちづくり (3)協働による思いやりとふれあいのあるまちづくり(ユニバーサルデザインの考え方に基づいて) 花園のU委員からスロータウンの考え方は理解できても、何故ここで「スロータウン」なのか必然性もなく、唐突だという意見が出された。その通りだと思う。スロータウンにしてもユニバーサルデザインにしても、はっきり言って深谷市のまちづくり新生計画のなかにあり、新井深谷市長が平素唱えているものそのものである。新市のまちづくりの将来像は「新ふかや市」の将来像以外の何物でもない。残念だが私にはそう思えた。

      

平成15年 9月28日 彼岸過ぎに

 暑さ寒さも彼岸迄という。全くよく言ったもので彼岸の前日の19日まで殊のほか残暑が厳しかったのが、彼岸に入ったとたんにぐっと涼しくなった。日没の時間も1時間くらいは早くなったろうか。爽やかな日が多くなってきた。

 合併問題で注目を集めた9月議会も、最終日寄居町の合併協議会からの離脱の請願については総務委員長からの継続審議の提案が11対9で裁可された。しかし状況の変化があれば直ちに委員会を開催し、臨時の議会も召集するというものである。総務委員長の誠意と努力の表れであろう。

 10月末から寄居町主催の住民説明会が開催される。今年初めの説明会とは趣は一変すると思われる。ただ国政は総選挙に向けて各政党が活動を活発化して来るので、合併問題が住民の意識から薄らいでいくことが心配だ。

 秋の夜長、音楽を聴いたり、ゆっくり読書でもしたいものである。

  
平成15年 9月25日 第5回合併協議会

 昨日、第5回目の合併協議会が川本町農業者トレーニングセンターで開催された。協議項目が多く、私は4:30で中座した。前半は新市名称小委員会、新市建設計画小委員会、議員・農業委員定数小委員会の報告と協議が行われた。やはり新市名称小委員会の議題で意見が多数出た。

 名称小委員会では、名称を公募することは決定されたが、その際に1市4町の名称をどう取り扱うかについて採決を取った結果、「特に制限を設けない」=8名、「深谷市、岡部市、川本市、花園市、寄居市を含めない」=11名だった。出席議員の3分の2以上の賛成が得られないために合併協で協議することとなた。

 寄居、花園の委員からは、1市4町の名称を含めるべきでない。それも「ひらがな」、「新OOO市」も含めるべきでないという意見が出され、深谷市、川本町の委員からは何の制限もなく自由に募集すべきとの意見が出された。内容を聞くともう見解の相違としか判断できなかった。協議結果は新井家光会長の判断で、採決は取らず継続審議とすることで終了した。

 個人的には、新市建設計画小委員会が提出した「新市将来構想(その1)」について委員各位がどの様な意見を述べられるかを注目した。しかし、名称についての検討で疲労されたのか、説明が長時間に亘ったためか意見はたった一つ。「10月から始まる住民説明会にダイジェスト版を早急に準備して欲しい。」これだけだった。

 ここで見えてくるのは、新市の将来構想、建設計画も1市4町の合併の是非を判断する材料としては、優先順位としては2番目、3番目くらいに位置づけられているということだ。これでよいのだろうか?将来のまちづくりのビジョンの共有もできずに合併するのだろうか。このままではもはや「野合」としか呼べない。もっと誠意のある真剣な検討をお願いしたい。そしてスケジュールの引き伸ばしは断固やめて欲しい。

平成15年 9月19日 首長

 合併問題はいま現在は議会がその中心にあるように思う。確かに首長には議会の決定を最大限に尊重することが行政の長として要求されるのであろう。しかし、地方自治体の長は住民によって選挙で選ばれた存在である。国政における内閣総理大臣と違って、大統領制における大統領と同じ位の強大な権限を持っている。

 町長、市長はその町や市を愛することにおいては第一番の人間であるはずだ。それならば合併によって自分の町や市が名称において無くなることはいわば断腸の思いであろう。仮に現在進行中の1市4町の合併協議をよしとするならば、何故に良いと考えるのか、新市の中で自分の町はどう生かされるのか住民に説明する責任がある。しかし現在のところその説明責任を明確に果たしているとは思えない。

 首長は政治家である。住民にとって、そして未来の子孫にとってどうすることが最も良いのか最後の政治決断を下すべきである。仮にそれは恣意的になるというなら、今回の市町村合併については「住民投票」によって民意を問うことが一番良いと思うのだが。

平成15年 9月18日 寄居町議会・総務委員会

 昨日の寄居町議会の総務委員会で「寄居町、花園町、川本町、岡部町、深谷市による法定合併協議会からの寄居町の離脱について」という請願が検討された。結果は継続審議ということになったそうだ。

 継続審議は通例で言えば、次の議会12月議会で再度同様の請願があれば審議するということだろう。しかし、聞くところによると、総務委員会を随時開催して、この議案についての重要な判断材料が提示されたと考えた時に臨時議会を召集して検討することもできるそうだ。寄居町の将来を決する本当に重大なことだけに是非とも誠意ある対応をお願いしたい。

 市町村合併が結婚にたとえられる事がある。しかし、一番の違いは合併した後に、将来ビジョンが違うとか、思った以上にサービスが向上しない返って低下した、行政も効率化されない、などの理由があっても新しい市から離脱することはできないのである。結婚はできても離婚の手立てはないということである。埼玉県の上田知事が道州制の導入や首都圏連合を構想していると聞く。1市4町が良いのか寄居・花園の2町が良いのか、将来我々の子孫に禍根を残すことのない判断を下したいものだ。

 9月30日(火)午後6:30〜花園町コミュニティーセンター・アドニスで第7回新市建設計画策定小委員会が開催される。今回は第6回の委員会で合併協議会事務局が明言したように、新市の「まちづくりの将来構想」と「主要プロジェクト」が示されるという。重大な関心をもって見守りたい。ここであまりにも抽象的でかつあたりさわりのないものが出てくるようなら、そのときにこそ過日提案された「幸福実感地域の実現に向けて」花園・寄居合併構想と比較検討され、どれが地域住民の幸福にとってより良いものかを是非判断してもらいたいものだ。

平成15年 9月5日 第5回新市建設計画策定小委員会

 昨夜4日午後6:30〜8:30よりい町役場6階会議室で標記の小委員会が開催された。第5回目ということで今日こそは新市の将来構想と主要プロジェクトまで出てくると期待して行ったが無駄だった。合併により期待される効果と主要指標の見通し(将来フレームも人口見通しのみで、経済規模については発表されず)までの協議に終わった。

 この小委員会は新市の将来構想、基本計画を策定していく重要な使命がある。それだからこそ、その議論の推移を注視してきた。9月10月にはこの小委員会で策定した新市のまちづくりの将来構想をもとに各市町で住民説明会が開催されるスケジュールになっている。

 会議の最後に寄居町のN委員から、小委員会の進捗状況が遅れていて9月10月の説明会が遅れそうな事態について、会議の進め方の工夫、合併事務局と各市町の企画・総務との連絡調整などについて提案があった。つまり法定協議会で決められたスケジュールをきちんと守って欲しいという事だ。全く同感である。

 これは相当に穿った見方かもしれないが、どうもこの新市建設計画策定小委員会の議論の進み方が遅いのは、誰かが意図的に遅延させているのではないか?次回の会議が1週間も経たない9月9日に開催され、その時にはまちづくりの将来像がでて来るのだからすでに原案はできていなければとても間に合わない。重要な案件だけに早めに案を提示して十分な検討を重ねて欲しい。

 先日も県南の富士見市・上福岡市・大井町・三芳町の合併協の新市建設計画概要版が完成して9月25日から全戸配布されると新聞発表されていた。これをもとに住民説明会を合併協が8回、市町が計45回開催し、10月26日の住民投票で合併の賛否を判断してもらうという。これは早くから合併に取り組んできたケースであり、本来はこのくらいの丁寧な運営が当然である。しかし、深谷市・岡部町・川本町・花園町・寄居町の場合は合併特例法の期限平成17年3月31日まで残すところ2年というぎりぎりの時点が出発点だった。だからこそスケジュールの遅れは仮に合併の合意が取れない事態が出来した場合は手遅れなのである。この点を肝に銘じておかないと大変なことになる。

平成15年 8月28日 合併懇談会

 8月26日に商工会青年部と女性部共催による懇談会が開かれた。出席者150名よりい会館の2階大会議室が超満員だった。関係者への出席依頼は当然してきたろうが、これまで大人数になるとは予想しなかったのでは。寄居町民の合併に対する関心の高さ、言い換えれば深谷、岡部、川本、花園、寄居の1市4町の合併に対する疑問、不安、不満、興味、、、いろいろな思いが錯綜していることの現われだろう。

 商工会の青年部は9月議会に対して、1市4町の合併枠組みからの離脱の請願を出した。1市4町の法定合併協議会が4月1日に設立されて5ヶ月が経過した。協議は実質4ヶ月である。協議会、小委員会もおおよそ4回開催されてきた。「新市名称候補選定委員会」では公募の手法は決まったが、候補に既存の市町の名称を含めるか否かで喧々諤々の議論が続いているそうだ。また「新市建設計画策定小委員会」は合併後の新市のまちづくりの将来像を決め、具体的な計画をつくることを使命としている。この小委員会は現在、合併の必要性まで纏まりつつあるが、まちづくりの将来像を決めるにはあと1ヶ月は必要だろう。進行はゆっくりゆっくりだ。

 さて、寄居町議会の中でも、相当に勉強を重ねている議員さんは「新市の将来構想」が出るのを待って、残留か離脱かを判断すべきだと強調している。筋の通った話である。ただ、ここで重要なのは「新市将来構想」が発表されたとき、何をもって残留と離脱の分岐点とするのか?その判断基準を今から明確にしておかなければ意味がないだろう。特に一般の住民にはなかなか難解な問題である。それともうひとつ9月議会が判断を下すのに時期尚早だとした場合、議会が閉会中でも将来構想が出てきた時点で、臨時議会を開催してもその判断を直ちに出すべきである。他の市町にも失礼であるし、今後の合併の進行にとっても阻害要因になるからだ。

 9月4日の新市建設小委員会は、ある意味では今後の合併を占う重要な委員会になると感じている。皆さんこぞって傍聴いたしましょう。

平成15年 8月21日 聖望学園ベスト8ならず

 雨のために3日順延となった夏の甲子園高校野球。明徳義塾、智弁和歌山、広陵と優勝候補と目されていた学校が次々と姿を消した。埼玉県代表の聖望学園は強豪天理も破ってベスト16に入ったが、今日の準準決勝で9回惜しくも2対1でサヨナラ負けした。残念だが選手たちの健闘を心から賞賛したい。

 先日、新聞に中心市街地活性化のために、埼玉県が地元の視点を生かす新たな研究会を立ち上げたと紹介されていた。1.「商店街におけるコミュニティ・ビジネスの可能性」2.「県内TMO協力体制構築のための研究」

 1.では地元の視点を生かした新事業の育成が必要として、地域の実情に合わせた「コミュニティ・ビジネス」の可能性を検討するそうだ。その一例として、深谷市のミニシアター誕生が紹介されていた。深谷市と志木市はその話題性で、北の新井家光市長、南の穂坂邦夫市長と比肩されているそうだ。パフォーマンスが上手だということもあるが、市長たるものこのくらいの広告塔もある意味では良いではないか(裏事情は分かりませんが)。

平成15年8月19日 お盆も過ぎて

 私の商売では、お盆と暮れは1年でももっとも忙しい。ところが今年は長雨と冷夏のために、売り上げも平年の半分に落ち込んでいる。景気の悪さに加えて天候が追い討ちをかけている。

 市町村合併が全国の地方自治体にとって大きな課題になっている。国と地方の財政が破綻状態にあることが、この合併の最大の原因である。合併によって行政のスリム化、効率化を図ろうというわけだ。

 しかし、民間人から見ると企業合併の場合、パイを大きくしたり、多角的な経営を目指すなどの目的に沿って将来ビジョンを描いた後に合併するのが順序である。ところが市町村合併の場合は逆で、先ず合併の枠組み=どことどことの市町が合併するかが先行して、将来ビジョンはそれからつくるのだそうだ。

 中央政界で政党間の合従連衡があるが、批判するものは必ずこう言う。「あれは理念も何もない野合ですよ。」その言を借りれば今の市町村合併のやり方は野合と呼ばざるを得ない。当該地域の将来ビジョンを共有しているから合併するのではなく、自分勝手な、利己主義的な陣取り合戦に堕している。

 「あそことは絶対に合併しない。」「あそこより一日でも早く合併を成功させろ。」  好き嫌い、われこそはお山の大将・・・  行政のトップや議会議員さんにお願いしたい。十分に情報を開示して、住民に判断材料を与えた後に、最終的に住民の意思を問うてください。

平成15年 8月4日 本格的な夏

 梅雨明けが遅れに遅れて、平年の2週間遅れだったそうだ。水に縁がある寄居・水天宮祭が8月2日に開催されたが、今年は程よく風もあって絶好のコンデションだった。

 商店の現状はどう?いろいろ聞かれるが、あまり芳しくないというのが皆さんの(商店主)一様な答えである。景気が悪いという漠然とした圧迫感が常につきまとう。商店主は正直言って本当に忙しい。全てを自分自身でこなさないといけないからだ。仕入、製造、販売、さらには新商品開発 体が二つ欲しい。

 何かやり方を工夫しないとこの閉塞状態を突破することはできないと思う。「儲かる商店街」これは20年以上も前の商工会青年部の講習会のテーマだった。今このコンセプトをもう一度思い起こしてみたい。

平成15年 5月4日 ゴールデンウィーク

 商売をやっているものにとってゴールデンウィークは書き入れ時とは昔の話だ。行楽地の商売でもない限り、「国道や抜け道まで車が込み合って、逆に商売はしづらい」と愚痴を言いたくもなる昨今だ。

 どうにしたら、長瀞や秩父に向かう車の観光客に寄居で一休みしたり、買い物をしてもらえるのだろう。これは1軒の商店、料理屋さんの頑張りでは限界がある。商店街が『1店1品』の一押し商品を作り出して、魅力作りをするほかないでしょう。奇をてらったものでなくオーソドックスなその店の昔からのものがいい。

 大規模店舗が、寄居町にまた出店計画を出すと言う。いまでさえオーバーストア気味なのにどうなるのだろう。大型店同士の潰し合いになり、敗れたものが店をたたむと、街中の生活者は本当に買い物が不便になる。地場のスーパーは1軒もなくなり、小さな食料品店や衣料品店はなくなっている今、どこで買い物をすればよいのか困り果てる。今こそ中心市街地の復興を大きな声で唱えなければ街が潰れてしまう。


平成15年 4月28日 やきとりルネッサンス

 寄居がかつてやきとりのメッカだったことを知る人は大分少なくなってきているようだ。私が小学生の頃は寄居駅前や、正喜橋通りにはやきとり屋の屋台がひしめきあっていた。本当に懐かしい。
 
 ところが、その後、軒数は減りに減って片手で数えられるくらいだ。今でこそ東松山が焼き鳥の元祖などといって「味噌ダレ」を売り出しているが、本当の元祖は寄居で東松山のものは寄居のものをまねた物のようだ。
 
 さて、最近寄居駅前にちょっと変化がある。Ryokanさんが孤軍奮闘していたが、2軒新しいお店ができた。黒板壁の「煖」、もう一軒板壁の新しいお店もできた。なかなか若者受けしそうなお店である。
 
 かつて、リヤカーにこさえた焼き鳥屋台も懐かしいが、若者や女性も気軽に入れるお店を目指しているのだろう。「煖」の焼き鳥は通にもなかなかの評判である。『よりいやきとりルネッサンス』の幕開けを期待している。

平成15年 2月19日 うぐいす豆腐をはじめました。

 今年の冬の寒さは厳しかった。今日は二十四節気の「雨水」雪や氷が解けて雨になる。草木が芽吹きだす頃と言われている。寒い間しばらくお休みしていた「うぐいす豆腐」を再開しました。この豆腐は青大豆を使って作るために豆腐に固めても、ほのかな緑色・うぐいす色に仕上がる。それに因んで命名したわけだ。青大豆は収穫量が少ないために通常の国産大豆の2倍の価格である。そして歩留まりが悪いのに加えて独特のえぐみがあるので美味しく仕上げるにはちょっと工夫がいる。しかし、この豆腐が好きな人は普通の寄せ豆腐には目もくれずにこれ一本だ。今年も頑張ってよい豆腐に造ろうと意を新たにしている。

 昨日は、韓国のテグ市で地下鉄の放火火災事件が起こり多数の死傷者が出たり、北京の日本人学校に脱北者が亡命を求めて駆け込むなど朝鮮に関係する報道が多かった。拉致被害者の帰還が望めないこと、核開発を再開してますますエスカレートする北朝鮮の今後がどうなるのか目が離せない。

平成15年 1月13日 成人の日

 今日は成人の日だ。数年前までは1月15日が成人の日だったので、どうも最近は印象が薄い。日月の連休も良いが本来の趣旨が見えにくくなってしまった。近年、式場での新成人の傍若無人な振る舞いが問題になっているが、一昨年の高知県の橋本知事の若者を叱りつけた事件の後沈静化してきたようだ。二十歳にもなってと思うが、本人もそうだがその親も何をやっているのか考えさせられる。

 ここ2,3日NHKのラジオ放送を聴いていて気づいたことだが、これまで「北朝鮮・朝鮮民主主義共和国」と言っていたのが「北朝鮮」に変わった。産経新聞などはずっと以前からこのことを非難していたが、核開発疑惑、ミサイル開発と輸出、隣国民の拉致、これらの事象を見れば当然だろう。あの石原都知事などは北朝鮮のことを邪悪でグロテスクな隣国と酷評する。最近の北朝鮮は核開発再開とNPT脱退表明など、核を使った瀬戸際外交がエスカレートする一方だ。自分の不法行為をもって相手の行為に対する報復だとするようなむちゃくちゃな考え方には呆れてものも言えない。

 北朝鮮の日本人拉致事件では、家族の会の事務局長・蓮池透氏と横田婦人の存在は、傍から見ていても敬服する。一日も早く被害者の家族が帰国することと、未だに行方の知れない多くの拉致被害者の生還を望むだけだ。


平成14年12月9日 師走も10日

 1年の経つのが誠に早く感じられた。今、国政の場では小泉純一郎首相の構造改革が正念場に立たされている。道路4公団の民営化に関して、不良債権処理の加速について、安全保障について・・・小泉首相も「構造改革の道筋は何も変わっていない。改革に邁進している。」だけでなくもっと、時と場によっては丁寧に説明して欲しいと感じている。

 私は今年図らずもふるさと懇話会の会長を仰せつかった。17年の歴史は良くも悪くもずっしりと重くのしかかってきた。これまでに継続してきた「寄居夏期大学」「はだしの散歩道」「カレンダーよりい季の色」は地域の中に根付き評価もされてきた、しかしどんな会も15年も経つと、どうしてもマンネリ化や目的意識の希薄化は否めないものだ。

 これを今年、原点に戻って見直そうとしてきた。その手法はどうあれこの過程で一番強く感じたのは、当会の草創期に中心になって活動してきた諸先輩の包容力であり、今も変わらぬ寄居町への愛町精神であった。何度も何度も繰り返し話し合う中できっと納得できる時が来ると教えられた。感謝、感謝の一年でした。

 常に時代に先駆ける進取の精神を持って、新しい目標を設定して新たなるスタートをきることとなった。より若い世代への積極的な参加を呼びかけたい。一緒にやりましょう。

平成14年11月12日 カレンダー「よりい季の色」2003

 よりいふるさと懇話会では、元電通写真部長で日本屈指の写真家・岩田省三さんによるカレンダーを10年以上にわたって製作している。岩田さんは現在「荒川を撮る会」代表幹事を務めているが、寄居在住の氏が撮るよりいの風景はまさに里山の自然を写し取った絶景だ。

 今年は、一人でも多くの方に寄居の素晴らしい自然を知ってもらおうと、原価で販売することになった。1部650円で頒布いたしますのでご希望の方は大谷まで(581-1204)ご連絡ください。印刷の関係で11月15日までに注文頂ければと思います。

 今年は猛暑の夏が終わり、あっという間に寒くなってしまったために秋を感じられなかった。しかし、八幡山や釜伏山を見上げると今が紅葉真っ盛りである。山が一番きれいに着飾る季節なのである。

平成14年9月24日 情報公開と説明責任

 去る9月20日にふるさと懇話会の定例会で『中心市街地再開発と寄居商業の将来』と題してメンバーの松本勇氏から寄居駅南地区沿道区画整理型街路事業の最新の状況を説明してもらった。30年来の懸案ともいえる銀座通り拡幅については街路事業から沿道区画型へとその手法の変更があったり、寄居町役場の移転に伴う跡地利用の問題があったり、正直言ってどこまで進んでいるのか周囲からはあまりよく見えなかった。

 何故、これだけの時間をかけても遅々として進まないのか?そこには地域住民と行政との間に、本当の意味での意思疎通が図られてこなかったからだと思う。沿道区画整理に伴う減歩の問題、過小宅地の問題、さらに言えば開発後に土地価値上昇による税金負担など住民からすれば分からないこと、不安なことがたくさんある。

 今一番必要なのは、住民の意欲が盛り上がることと同時に、施行者たる寄居町・行政からの可能な限りの情報公開と説明であろう。そこには行政の並々ならぬ決意と意欲が根底になければならない。このことが解決されることが事業が一歩前進する鍵になるのではないだろうか。

 まちに訪れる人は、やはり町の顔といえる駅周辺を見てその第一印象を決めると思う。駅前の通りが一方通行では、そして市街地の商店が歯が欠けたようにシャッターが閉まっている状況ではどう見ても元気のあるまちには見えません。行政と商業者・商工会が両輪となって歩まねばいつまでたっても何も動かないだろう。

平成14年9月20日 新井裕さんの講演会にどうぞ。

 よりいふるさと懇話会では10月15日(火)の定例会をオープン例会として一般の人にも参加を呼びかけます。講師は「寄居町にトンボ公園を作る会」の初代代表の新井裕さん。新井さんはトンボを研究するうちにフィールドワークに訪れた寄居町の自然の豊かさに感動し、寄居町に居を構えました。地域の人とともに地道に活動を続け、トンボ公園の活動は小学校の教科書に取り上げられるまでに広がりました。新井さんは常々言います。「トンボ公園を作るのが最終目的ではないんです。トンボ公園の活動を通じて、寄居町の素晴らしい里山の自然を護っていきたいんです。」

 新井さんは現在、県職を止め、里山の自然保護活動に日夜、東奔西走の活躍です。「むさしの里山研究会」(NPO法人)を立ち上げ、次なるステップに着実に踏み出しています。他県、他市町村での講演が多い新井さんですが、久しぶりに寄居町での講演です。お仲間を誘ってこの寄居町の里山の自然について考えてみませんか!!

講演 『想いを共有すれば、願いは叶う・・・里山保全を通した地域づくりへの提案』
講師 新井裕氏(むさしの里山研究会代表)
とき  平成14年 10月15日(火)午後7:00から午後9:00
ところ よりい会館 1階会議室

平成14年9月14日 第17回はだしの散歩道・天神山コース

 今年のはだしの散歩道の詳細が決定しました。
1、日時:平成14年10月20日(日)9:40〜15:30
2、コースの概要(約9キロ)
 9:40東武東上線 男衾駅集合 10:00出発・・・富田地区・・・天神山・・・12:00さいたま川の博物館・・・かわせみ河原・・・立ヶ瀬河原・・・浄福寺・・・鉢形河原・・・鉢形城跡・・・二の丸ミニコンサート・・・解散
3、費用:参加費200円(障害保険料)

 天神山からの素晴らしい眺望をご堪能ください。川の博物館では、ご好意で無料にて館内を見学させていただけます。

 家族と一緒に、ご友人を誘ってご参加ください。お待ち申し上げております。

平成14年9月12日 アメリカ中枢同時テロから1年

 あの忌まわしいテロから1年が経った。その1年間にはいろいろなことがあった。アメリカのアフガニスタン・タリバン政権、国際テロ集団アルカイダに対する武力行使、アメリカとロシアのテロに対する共同姿勢、日本では自衛隊が対アフガニスタン作戦の米国海軍への海上燃料補給・・・そして今、アメリカはテロ支援国家として、イラク、イラン、北朝鮮を名指しで悪の枢軸国家と指摘する。・・・・・・

 確かに、最近のアメリカの一国主義的な強硬姿勢には危険な香りがする。しかし、昨日来の放送メディアの中には私には肯んずることができない点が多くあった。テロと戦争をともに武力行使だとして同じレベルに扱うものが多くあった。テロという非道、残虐な行為 米国の同時テロの場合、世界貿易センタービルでは3000人もの民間人が犠牲になり、国防省にも被害が及んだ。さらにはホワイトハウスも標的の一つだったといわれている。自分たちの政治 宗教 主義のためには何をしてもよいというテロリズムは断固として許すことのできない行為だ。それに対するアメリカの武力行使は自衛権の行使として理解されるべきだろう。

 日本が国際政治において日米同盟を最も重要なもののひとつと位置づけるなら、アメリカの政治姿勢に対して=テロに対する断固とした戦い=についてしっかりした支持の意思表明をすべきである。その上でイラクに対する攻撃については、小泉首相の言うように国連の大量破壊兵器査察をイラクが受け入れるべく最大限の外交努力をすることしかない。日本には憲法上も様々な制約があるのだからできることも限られている。


平成14年9月8日 今年のはだしの散歩道

 60日も真夏日があったという今年の夏。恐ろしかった。ところがここ2〜3日の雨模様の天気でぐっと涼しさがやってきた。昨夜も少し遅くの時間に土間のある場所に行くと、コウロギなどの秋の虫がいっせいに鳴きだしている。秋近しである。

 今年のはだしの散歩道は(例年だと春5月に実施していたが、)来る10月20日の日曜日に実施することとなった。すでに15回を超えるこのイベントは、寄居町の遊歩道の形成にも大きな影響を与えてきた。しかし、私たちよりもずっと後からはじめた茨城の?はだしの散歩道が、私たちの足型をかたちどったトレードマークもそっくりに真似て実施して結構な知名度を得ているという。今年はこれまでのコースを整理し、過去の実績を寄居町の中に固定化し、きちっとしたブランドイメージを作ることもひとつの課題になっている。五百羅漢コース、鐘撞堂・円良田コース、日本水コース、車山コース、荒川水辺コース・・・・・たくさんの素晴らしいコースがある。

 さて今年は男衾駅を基点に天神山を登って寄居町の素晴らしい眺望を堪能し、川の博物館に至るコースを計画している。詳細決定しだいご報告します。皆様大勢のご参加を心からお待ち申し上げます。

平成14年9月5日 リービング・ラスベガス

 1995年のアメリカ映画、その年の各賞を総なめした映画である。Drtoriが主演のニコラス・ケージが最高だといって貸してくれたビデオを見た。Leaving Las Vegas 訳すとどんな意味なのか?ラスベガスの遺書?ラスベガスを後に?ちょっとうまく意味が取れないが、主演のニコラス・ケージの扮する脚本家ベンが、酒浸りのために会社もクビ、すべてを捨ててラスベガスに向かい、死ぬまで飲み続ける決心をする。そこで知り合った娼婦サラとの壮絶ともいえる愛の暮らしを描いた作品だ。

 1度目は一人夕食を食べながら見ていたが、あまりにもヘビーで、重厚な内容に食事もそっちのけで観入った。ニコラス・ケージ、エリザベス・シューの迫真の演技に息を呑むとはこういうことかと思った。現代のアメリカの社会現象のうちでドラッグに関するものがないだけで、酒、暴力、セックス、犯罪と全てが作品には描かれているが、そんなもの何よりも胸を打つのは男と女の真実の愛。アルコホリックのベン娼婦のサラ、お互いがお互いの境遇を全て飲み込んで愛し合う姿は悲しくも凄まじい。

 2度目に観たときには、現代はデジタル化され情報化された社会だというが、つまるところ人間と人間が愛すること、憎しむこと、感性、感情、情緒、、、人間の根源的な存在意義は何なのかを強く訴えているように感じた。素晴らしい映画だった。

平成14年8月27日 信濃路

 家族を連れて年に一回の家族旅行に行ってきた。松本の浅間温泉に一泊した。馬刺しが有名だとの話で夕食を楽しみにしていたが何のことはない、普通の旅館料理にがっかり。温泉街を少し歩いてみたが小さい温泉街だ。杉のねずこ下駄が有名だとのことでお土産にした。

 安曇野の山葵田湧水群は日本名水百選にも選定されている。豊富な水量とその清冽さに驚かされる。この湧水を利用して広大なわさびが栽培されているが、有名な「大王わさび農園」は観光客でごったがえしていた。わさびには黒い寒冷紗がかけられていたので風景はあまりよく見えなかったのは残念だった。しかし、これだけ名水と観光とを緊密に連携させているところは少ないだろう。ちょっと商業主義に走りすぎているようにも思うが。

 今回の旅行で一番印象に残ったのは「荻原碌山」美術館だった。子供づれだったので駆け足の見学だったが、周囲の環境とこじんまりした美術館の佇まいが調和していてとても気持ちよかった。記念にと買い求めた「土門拳の荻原守衛の彫刻を撮る」という冊子を見ていると、碌山と土門の真剣勝負がそこに繰り広げられている。碌山の温かみと土門拳の凄さを感じさせるいい写真集だった。


平成14年8月24日 世界的な異常気象

 ヨーロッパでの大雨による百年ぶりの大洪水、中国の中南部でも集中豪雨のために観光地・洞庭湖があふれて大洪水になる危険が差し迫っているという。我が国日本もこの夏の猛烈な暑さを経験すると、これはもう日本は熱帯性気候の国だと思わざるを得ない。

 地球の温暖化、オゾン層の破壊などたくさんの警鐘が鳴らされている。しかし、私たちは他人事のようにしか感じてこなかった。しかし今年の世界的な異常気象を見ると、本当に一人一人が具体的に行動していかないと10年後はどうなってしまうのか?不安は募るばかりだ。明日からできることを始めよう。そうしないと間に合わない。

平成14年8月22日 巨大開発

 8月7日ごろから10日間以上続いた35度を超える猛暑が、台風13号を境にめっきりと過ごし良くなった。朝晩は秋の気配がはっきり感じられる。どこか一抹の寂しささえある。

 先日、荒川筏くだりのことを書いたが、ある会合で筏くだりのことが話題になった。7回を終えて今後のことを考えると、ただ筏くだりをして水に親しんだり、楽しんでいるだけでは進歩がないのではないか。筏で下ってみて荒川の水がどのくらい汚れているのか、魚はどうなのかを実感できたら、その次にやるべきことは何かを考えなくてはという意見だ。筏くだりの前後に河原の清掃活動をやったり環境を守る活動に結び付けていくべきだとのものだった。賛成だ。7回を終えて、また多くの団体とともに次なる展望を真剣に考えていこう。

 本題だが、問屋さんが来て話していったが、群馬県ではいま巨大開発が次々に立ち上がろうとしているという。渋川でのいせやグループのもの、高崎キリン麦酒跡地のイトーヨーカ堂、さらにはジャスコの開発など・・・その方の話ではこれだけ巨大なものが生活者にとって本当に便利なのか?ますます流通の形態が製造メーカーと小売業すなはち川上と川下の直結が加速されるという。流通は激変を余儀なくされている。確かに難しい時代に突入した。

平成14年8月19日 荒川筏くだり

 寄居の夏のひとつの風物詩が「荒川筏くだり」である。今年が7回目と聞くが、このイベントはアミューズという団体が主催している。AMU’Sとは荒川ミュージアム・サポーターの略称である。荒川ミュージアムとは現在の「さいたま・川の博物館」であり、この博物館の民間の友の会として発足した。

 川の博物館も地域との関係を積極的に深めていこうという姿勢を示している。そうなると「アミューズ」の存在はこれからますます重要になってくるだろう。あれもこれもやろうということが会や集まりの求心力を弱めていくことが多いのを見ると、荒川筏くだりに全てを傾注する会のあり方、これもひとつの方向かとも感じる。

 台風13号が近づくなか18日この日に実施できて本当によかった。主催者の周到な準備の賜だろう。本当にご苦労様。

平成14年8月8日 ものすごい暑さだ!

 ここ数日の暑さは猛烈だ。人間の体温よりも高いのだから参ってしまう。政治も通常国会が閉会して一段落、これといったニュースもないようだ。経済はどうなのか?円相場や、株価も一進一退というところか。

 昨日また牛肉擬装問題が発覚した。業界最大手の日本ハムだ。業界ぐるみで不正が行われていたことが明らかになった。亡くなった歌手の南はるおさんは「お客様は神様です」が口癖だったが、このような不正の発覚を知ると、「会社は神様です」といっているようなもので、なんともうら寂しい。会社の利益のためなら何でもしでかす。倫理観も何もあったものじゃない。

平成14年7月28日 草柳大蔵氏逝く

 評論家、ジャーナリストの草柳大蔵氏が七十八歳で亡くなられた。私自身は氏の著作を精読したことがないが、以前からテレビなどで拝見し、その話を伺うときどこか重みのある格調高さを感じたものだ。

 草柳氏は東大法学部を卒業、産経新聞経済部記者を勤めた後、大宅壮一門下のルポルタージュ・ライターになった。昭和31年創刊の「週刊新潮」でいわゆる‘草柳グループ‘を結成、集団執筆で週刊誌のトップ記事を作り上げるスタイルを確立したという。

 「先入観を持たずに対象をとらえるには、限りなく多くの人に会って話を聞くことが必要」日本で最初のルポライターの信条だったそうだ。簡単なようで大変に難しいことだ。ご冥福をお祈りする。

 私にとっては草柳さんの長女草柳文恵さんが今でも記憶に残っている。昭和62年3月21日に仲間とともに開催したイベント「あらかわめっせyorii21」のまちづくりシンポジウムの総合司会を務めて頂いたからだ。才色兼備、流れるようなアナウンスと聴衆をひきつける会話のエッセンスといい忘れることができない。15年前のイベントだが今考えても時代の潮流を先取りしたいいイベントだったと懐かしく思い起こされる。

平成14年7月23日 大暑

 なんとも暑い一日だった。冷蔵庫もフル回転だ。

 ワイドショウ的な話題かもしれないが、東京駅のコンビニ店の店長が万引きの犯人を追いかけ、もみ合いになって犯人から刃物で腹部を刺されて死亡したという。最近は悪いことを見ていても注意しない、注意すれば自分に危害が加えられるからだ。いやな世の中になったものだ。

 学校教育の中で、道徳や倫理観についてもっともっと教えるべきだというと、それは戦前教育への逆行だなどと批判する輩がいる。しかし最近の子供たちの、親を親とも思わない、年長者への敬いなど微塵もない態度を頻繁に見ると、家庭教育と同時に学校教育の歪みを感ぜずにはいられない。

 学校5日制になって学力の低下が問題になっているが、そんな学力のことよりも人間を人間たらしめているものは何かをもっと真剣に考えたほうがよい。こんなふうに感じる昨今だ。 


平成14年7月20日 梅雨明け

 平年並みの梅雨明けだという。それにしても途端に35度を超える猛暑がやってきた。9月の半ばころまで暑い日が続くのだろう。

 寄居町では今年は町長選挙の年である。昨日は現町長の町政報告会が開催されたが「市町村合併」がいろいろな方からテーマに挙げられていた。合併特例法のこと、どの市町村と合併するのか大里郡全体なのか、深谷を中心にしたものなのか検討、研究課題は山積している。最終的な判断は住民が下すのだと話されていた。行政任せでなく我々も積極的に意見を言わねばならないのだろう。

 今日明日と私の住まう地区の御祇園である。毎年神輿を担いでいるので、今年も暑さに負けないよう、残りの半年を健康に過ごせるように元気を出して担いでこよう。

平成14年7月19日 Made in China

 いま中国製の健康食品による肝障害などの被害が拡大している。ダイエット、減量、スリム志向と年齢を問わず女性が注目していることだ。そこに漢方や東洋医学、に対する誤解があり、落とし穴があったのではないか。

 「漢方薬に副作用はない。」と信じている人が多い。それは誤りであると従兄弟のDrtoriから伺った。詳細はぜひDrtoriからコメントをもらいたいと希望する。

 中国5千年の歴史は重いし、日本にとってこれほど多くの影響を及ぼしてきた国は他にないだろう。邪馬台国の卑弥呼、そして小野妹子の遣隋使にはじまって、仏教の伝来など様々な思想や文物が日本に渡来してきた。しかし、先の大戦以降その関係ははっきり言って正常なものとはいえない。8月15日の終戦の日が近づくと首相の靖国神社参拝を中国、韓国が大きく政治問題化させる。また最近では世界の工場と化した中国は、日本の製造業の空洞化をもたらした。さらに瀋陽領事館への武装警官の侵犯問題、日本国内での中国からの不法滞在者による凶悪犯罪の急増など。

 小泉首相がいろいろな面で中国との新しい関係の構築に動き始めてはいるものの、決して十分とはいえない。日本と中国の関係は一千年以上の大きな歴史の流れの中にある。だからこそ、ここ50数年の短期間の両国の関係だけで未来をも全てを規定する愚を冒してはならない。 


平成14年7月17日 天才を生む土壌

 先日こんな内容のコラムを読んだ。筆者はお茶の水女子大学教授の藤原正彦氏である。この方がユニークなのは数学者なのにその主張するところがなんとも文科系の学者かと思い間違えそうなことである。

 「日本再生のための不可欠な第一歩は国語力を飛躍的に充実させることだ」と言う。母国語こそがすべての知的活動の基盤であり、主に国語を用いて、すなはち読書を通じて人間としての情緒や道徳を学ぶ、国語こそが民族の生命線であるからと説明する。納得させられる。

 さらに言う、子供たちの理数科離れも、「我慢力が身についていない」ことが原因だと言う。数学の問題など、何時間いや何日も考えないと解けないことはいくらでもあり、解けないのは不快だがそれに耐え続けなければならないと言う。

 そして本題の「天才を生む土壌」とは、天才は特定の地域に偏る傾向があり、それを研究すると、その土壌には三つあるそうだ。ひとつは「自分を超えた大いなるものに対して「ひざまづく心」、二つは「精神性を尊ぶこと」、三つは「美の存在とそれを尊ぶ伝統」だと言う。筆者はインドの天才数学者ラマヌジャンを例に挙げて詳述している。

 いまの日本は経済至上主義の下に、役に立たないことを尊ぶ心が希薄になって天才を生む土壌は急速に失われつつあると警告している。

 全くもって頷かされる主張である。経済不況を覚悟しても風格ある国を守れだそうだ。

平成14年7月13日 寄居祇園祭

 13日14日は寄居祇園祭だ。勇壮な神輿が市街地通りに集結した様は壮観なものがある。14日は女神輿も登場して花を添える。ご来町あれ。

 今週は週初めに台風6号が関東地方にも上陸。大風がなかったが大雨は相当なものだった。台風7,8号も出ている。7月初めにこれだけ台風が発生して関東地方にも上陸するのは珍しい。8月末から9月初めならばよくあるがこれも地球環境が変わってきている証左なのか。

 来週の7月20日(土)7:00pmから皆野のホンキートンクでDrtori and LoveBoneの単独ライブがある。メンバー皆、当日に向けてリハを繰り返しているそうだ。気が入っている。迫力あるブルース・ライブを是非聴きに言ってほしい。Drtoriの言によれば6月に寄居の「幸庵」であったものとは一味違うものを表現するといっている。乞うご期待!

平成14年7月9日 講演「聖徳太子について」

 さる7月5日私の所属する会で講演会を催した。講師は会員の石川光男さんだ。石川さんはこの3月に定年退職され現在は晴耕雨読の生活をされている。

 氏はかねてから聖徳太子について独学されてきた。聖徳太子と聞いてすぐに思い起こすのは、冠位十二階、十七条の憲法、法隆寺建立この位だろう。しかし、聖徳太子の偉業はさらに広範囲にわたる。仏教を本格的に日本に導いたこと、日本の政治の責任者であり、外交では遣隋使を派遣し当時の中国、隋と対等に渡り合った外交手腕、まさに天才としか言いようがないという。

 いま公務員の倫理観が問われ、外交では真に国益に沿った外交の何たるかが問題になっている時、太子の業績を今こそ見直すべきだと思う。ヨーロッパでもなく中国でもなく我が国日本の祖先にこそ学べ。そう感じさせた2時間のお話だった。

平成14年7月2日 サッカーワールドカップ終わる

 6月30日決勝戦はブラジルがロナウドの2ゴールでドイツを破り5度目の優勝を成し遂げた。サッカー王国ブラジルの面目躍如だ。

 昨晩は早くもこの1ヶ月の総括の番組がNHKで放送されていた。日本のベスト16入りや韓国のベスト4などさまざまな名場面が放送されていた。判定に関するトラブル、けがに泣いたジダンやベッカムの復活など話題は尽きない。

 あまり記憶している方は少ないかもしれないが、私にとってはアイルランドの戦いが今でも忘れられない。ドイツとの終了間際の同点ゴールなどケルト魂は凄まじかった。ロビー・キーンと言う選手も忘れられない。

 サッカーが終わり、梅雨が明けると今度はプロ野球のシーズンです。

平成14年7月1日 SHIBA’S BACK CONSERT     

 6月29日に寄居町の幸庵で従兄弟のMamoru SHIBAの一時帰国を記念したコンサートが催された。従兄弟の同級生や親戚縁者、SHIBAさんの兄の知人が集まった。SHIBAの従兄弟で最近はDrtori and Loveboneというブルースバンドで素敵なブルースを聞かせているTorizukaがSpecial guestにSHIBAをギタリストに加えてブルースの定番の曲をじっくりと演奏した。

 ブルースというとなかなか馴染みが薄い音楽だが、Jazzもリズムアンドブルースもすべてブルースに起源を発しているという。聴き込んでいくとぐっと魂に響いてくる音楽である。先日もDrtoriの企画で日本のブルース界の御大、永井ホトケ隆と塩次伸二の素晴らしいライブが寄居で開催されたが、ぜひ一度聴いてみてほしい。感じるものが絶対にあるはずだ。

平成14年6月29日 コラム「百年の遺産」について

 3ヶ月近くにわたって掲載されたこのコラムは、元駐タイ大使の岡崎久彦氏がペリー来航(1853年)から日本の敗戦、占領の終わり(1952年)まで百年の日本近代外交史を描いたものだ。歴史を曇りない目で、そしてその時代の尺度での真実をと、綴られたこの連載は現在の学校教育があまり教えない日本の近現代史を分かりやすく教えてくれた。そこには陸奥宗光から吉田茂、さらにはマッカーサーまで、史実に基づいた岡崎氏の人物評には目を見開かされた。

 いま、有事法制が話題になっているが、憲法9条をめぐる様々なやりとりなど、知らないことも多く大変勉強させられた。この百年を曇りのない目で見つめることによって初めて、現代の日本も理解でき、将来の日本も見えてくるということを実感した。素晴らしい連載であった。

平成14年6月26日 食品をめぐるさまざまな問題

 牛肉の偽装問題から端を発して、鶏肉の偽装、輸入野菜の過剰農薬、肉まんへの認められていない添加物の使用、さらには違法物質による香料の製造などさまざまな問題が噴出して食品に対する消費者の信頼が非常に損なわれた。

 先日、新聞に次のようなコラムがあった。東海大学教授の唐津一氏のものだ。「食品業界は品質管理の原点に戻れ」というタイトルだった。製造業の世界では製品に使った材料や部品についてすべて記録が残っているのが常識。それなしでは次の工程に渡せない。さらに重要なのは何か異常があったらすぐ手を打つことである。これらはものづくりの現場では当たり前のことなのに、食品業界では全くでたらめだと指摘している。

 食品業界に身を置くものにとって「製造業が培った『ものづくり道』に学べ」の言葉はとても重い。


平成14年6月21日 悲惨な事件

 埼玉県杉戸町で定時制高校に通う1年生の男子生徒が同級生の男女8人から暴行を受け死亡した。こんなにもいとも簡単に人間を殺すことができるものなのか。詳しい動機はいまだ解明されてはいない。顔や、体を殴りさらには倒れているとことを脇腹を蹴りつける。被害にあった少年は肝臓が破裂していたそうだ。
 
 少年法は改正されたがこのような悲惨な事件はまだまだ後を絶たない。いじめの事実を学校側は知らなかったと言うがそれでよいものなのか。警察権力が学校に入ることを禁忌ばかりしていては済まされない状況だ。あまりにもひどい状況では躊躇せずに警察とも連携してもらいたい。加害者の将来にも配慮したいが、それ以上に被害者の苦しみと家族の悔しさ情けなさをよくよく考えた対応をしてもらいたい。


平成14年6月20日 学校週5日制

 今年4月から始まった学校の週5日制だが、文部科学省も現場もまだまだ戸惑いがあるようだ。多くの識者からは子供たちの学力低下は明らかであり、一日も早く文部科学省が「ゆとり教育」などという幻想を捨てて子供たちの学力の向上を目指さないと、これからの国際化社会の中で日本は生き残れないと厳しく指摘している。アメリカがレーガン時代に教育を最大限重視したのもグローバル化を観こし、アメリカの復権を遂げるためには教育こそ最重要施策と考えたからだ。

 個性教育などといわれて久しいが、本当の個性とは何なのでしょう。私はやはり小学校や中学校では基礎的な知識は大いに学ばせるべきだと考えます。そしてあるレベルに達したところから個性というものは生まれてくるのではないだろうか。貧弱、脆弱、薄っぺらな礎の上に高層の建物を作ろうとしてもそれは無謀というものだ。理数科離れ、公立私立の格差拡大、犯罪の低年齢化、多くの現象を真剣に捉えないと大変なことになる。

平成14年6月18日 日本無念の決勝トーナメント1回戦敗退

 2002FIFAワールドカップ日本代表は惜しくも0対1でトルコに惜敗した。日本中が無念に打ち沈んだ感がある。しかし試合後の日本選手、特に名実ともに日本にリーダーになった中田英寿のコメントは実に前向きで感心させられた。イタリアのセリエAで4年間活躍してきた自信と精神的な成長をはっきり表している。ここまで頑張ってきた日本代表には敬意を表したい。ありがとう。

 ワールドカップの陰で様々なことが薄れてきているが、国会の状況も深刻だ。防衛庁の情報公開問題を機に野党が審議拒否をしているが、果たしてそれで良いのか。デフレ対策は、税制は、郵政改革は重要問題山積何とか前進してもらいたいものだ。


平成14年6月16日 梅雨の鬱陶しい天気

 ここ4、5日はどんよりと曇り空の日が続く。漸く梅雨らしい天候になってきた。雨の時期にはやはり雨がないと困る。特にここ1週間くらいは寄居でも田植えが真っ盛りだ。兼業農家が殆どなので土日に田植えが集中しているようだ。寄居も都市化の波が確実に押し寄せているために田んぼや畑は年々少なくなっている。しかし、この田圃の緑と少なくはなったが雨を呼ぶ蛙の鳴き声を聞くと何処か安心するものだ。

 さて、1億総サポーターと化した感のある日本代表のワールドカップでの活躍ぶりには感動する。共催の韓国と日本が同時に決勝トーナメントに勝ち進んだことは、これこそライバル意識とアジアの勝利への執念の賜物だろう。これから先は負ければ終わりのトーナメント戦、悔いなく全力で戦って欲しい。


平成14年6月14日 いよいよ予選リーグ第3戦

 日本中が期待と不安を持って待ちつづけた日がやってきた。チュニジアに勝って第一位で決勝トーナメントに進出することを祈ってやまない。午後3時30分いよいよホイッスルが鳴ろうとしている。


平成14年6月11日 お久しぶりです。

 長らく早起き日誌から遠ざかってしまった。季節はもう夏目前である。最近は季節が早く廻り過ぎるようだ。今年の桜が一月くらい早かったのも6月にすでに真夏日が何日も記録されるのも地球温暖化のせいなのか知らん。

 4年に一度のサッカーワールドカップが開幕して、毎日サッカー漬けの人も多いことだろう。日本の健闘に元気つけられる此の頃だ。それにしても若者が日の丸に「大和魂」と書いて応援しているのには驚いた。サッカーは人々に国家を意識させるものなのだろうか。

 去る9日、従兄のDr.Toriが企画したブルースのライブが寄居の幸庵であった。日本のブルースマスター 永井ホトケ隆と塩次伸二のギターデュオはジンと胸にしみ込んだ。寄居という土地でブルースを聴けることは本当に貴重なことだ。音楽文化が寄居に何か新しい刺激を与えてくれたと確信する。

平成14年2月6日 風邪をひいた。

 このところの寒暖の差は激しい。今日は3月下旬の陽気だそうだ。ちょっと気が緩むと風邪をひく。

 最近の日本の政治、経済情勢は何とも厳しい。先週の田中真紀子外務大臣の更迭によって、今週の世論調査では20%近く支持率が低下して40%後半にまで落ちたという。しかしなぜ田中外相の更迭に世論がそんなに反発するのか不思議でならない。数々の外交上の失点を考えれば当然のことと私は思う。彼女の父の角栄氏は、学歴も無かったが大臣就任後はそれこそ寝ずに猛勉強して官僚をも唸らせたという。彼女の外務省改革の意気込みは評価しても外交能力の無さは何とも救い難い。

 小泉首相の構造改革のスピードが遅れるのではと市場は厳しく反応している。株安、円安、債権安トリプル安だという。しかし、いま小泉首相の改革を頓挫させてこの国の先はあるのか。野党の民主党にその力は無いし、小沢一郎の自由党も今はあまりにも無勢だ。(いつかこの人が動くと私は期待している)長谷川慶太郎氏はその著書の中で冷戦後の平和社会はデフレ経済になるという。これは金融政策でどうこうできる代物ではなく、いかに早くデフレ経済に対応するための施策を打っていくかだと主張している。そのためには小泉首相の構造改革を邪魔するのはおやめなさいと!

 政府税制調査会会長だった千葉商科大学学長の加藤寛先生は構造改革とは何か、イコール財政再建を目的としていると誤解している人が多いという。そもそも構造改革は明治以来の日本経済の中に固定的にインプットされた習慣をくつがえすこと。中央から地方へ、官から民へ、生産者本位から消費者本位へこれが構造改革だと。そして不良債権処理がいよいよ喉元に突きつけられた刃であることに為政者が9.11事件で思い知らされたという。なるほどなあ。

 皆様も風邪などひかないようにご自愛ください。


平成14年1月18日 景気の厳しさ

 ダイエーの再建計画が紙上を賑わせている。2兆3000億円の有利子負債といわれても見当がつかない位だ。あまりにも巨大企業ゆえに政府も支えていくといっている。しかし、大企業より更に中小零細企業は大変な状況にある。銀行は多くの不良債権を抱えているために融資など殆どしてくれないとも聞く。

 私たちの商工会の会員企業も、不幸にも大黒柱を病気で失って営業の継続が困難になっているお店、多額の負債を抱えて倒産した会社、実に厳しい現実が其処にある。多くに評論家や識者が1月から3月期が厳しいと予測している。何かしなくては何も動き始めない。自らのお店、会社の構造改革が迫られている。デフレ経済に対応する為に。

 4月から導入される金融機関のペイオフ。A銀行の株価があまりにも安くなってしまっているので周囲の人たちが挙って心配している。政府はもっと早く強い姿勢で金融不安を払拭する手を打たないと大変なことになってしまう。何が起こってもおかしくないような時代が来ている。

平成14年1月14日 成人の日

 昨年の成人式は大雪で晴れ着の女性には気の毒だった。そして各地の成人式は新成人の何とも無礼で非常識な行動が世間の批難を浴びた。式典の退屈さに我慢することを知らない若者の愚行だ。しかしながら物事の良し悪しを教えられない親の躾も大いに問題だ。今年は天候には恵まれたもののわが町も含め、昨年と同じような乱痴気騒ぎがあったと聞く。この厳しい時代に若者たちは大丈夫なのだろうか。

 最近、気になる人に作家の塩野七生氏がいる。昨年の暮れにはビートたけしとマキアヴェリズムについて語っていた。学習院大学で哲学を専攻して現在はローマに住んで「ルネサンス」や「ローマ」についての作品を書いているという。

 その塩野氏が読売新聞の文明を問うというコラムに一文を寄せていた。とても共感を以って読んだ。本当の価値とは何か「安穏とした時代が続くと価値観の多様化などと言われるが、それはウソ。そもそも価値なんて、たくさんあったら価値でなくなる。ソクラテスの時代から価値といえば、それは『いかによく生きるか』、これしかない。」なるほどと頷かされた。

 そしてもう一つ、リーダーの条件として「善意がいい結果を生むとは限らない。むしろ、目的のためには手段を選ばぬマキアヴェリズムの思想、大きな善のための大きなワルが必要な時代かもしれない。要するに、国民を天国に行かせるためには、指導者自身は地獄に行く覚悟がいる。いや、地獄に行くようなことも敢えてしなければ、人々の生活を守ることは不可能だろう。」塩野氏の言葉と同じ事を私は尊敬するYS氏からも言われた。今夏、当町もリーダーを選ぶ選挙が行われる。こんな人が今こそ欲せられている。


平成14年1月2日 皇居一般参賀

 恒例の新春一般参賀が執り行われた。午前10時過ぎに天皇皇后両陛下、皇太子殿下を初めとする天皇家の皆様が国民の前にお出ましになった。

 天皇陛下のお言葉はほんの短いものではあったが心に沁みた。「・・・わが国と世界の人々の幸せを祈ります。」アメリカの中枢同時テロ事件があっただけにひときわ心に響くお言葉であった。「幸せ」という言葉の響きには、最近忘れかけていた大切なものを思い起こさせられる。

 2日は私のお店は仕事始めだ。正月2日の早暁の空気は澄み渡り気持ちが良い。しかし、昨年末の歳末商戦を見ても以前のような賑わいは年々姿を消しつつある。不況のためばかりでなく商売の季節感が失せていっている。


平成14年1月1日 44歳になりました。

 元日は私の誕生日だ。今日で44歳になった。先日の週間天気予報では元日は初日の出も望めないということだったが風もなく静かな新年を迎えることができた。ありがたい。

 毎年、元旦は長瀞の宝登山に初詣に行く。山岳が御神体の神社は全国多いだろうが、平地の神社と異なって山の冷気(霊気)を全身に浴びながら年の初めのお参りをすると、何とも気持ちが洗われる。壬(みずのえ)午年 今年は何とか飛躍の年にしたいと心から願っている。

 経済はどうなるのだろうか。小泉内閣は構造改革なくして成長なしと言っているが、戦後最悪の5.5%の失業率、マイカル、青木建設、そして中堅正損保の破綻、大手銀行の不良債権処理に伴う巨額の赤字決算、本当に日本は小泉構造改革に耐えられるのか疑問も大きい。ある評論家によれば小泉改革は負の遺産の処理であってその後に新しい基幹産業を興す施策が明示されていない。ITはツールであってもそれが基幹産業足りえないとも評している。

 地方都市に住む人間もこのグローバル経済社会では、大都市の問題も我が身の問題と認識しなくてはならない。地方都市の商店街はどこも本当に苦戦している。大規模店舗の郊外出店によって中心市街地が空洞化し、いたるところ駐車場化していく。どこのまちにも当てはまるオールマイティーの処方箋などないのだから、こうなったら原点に返るしかない。温故知新 もう一度 歴史を知り、まちを隈なく歩いて資源を掘り起こしていくしか手段はない。

 今年頂いた年賀状に、「お宅の製品に家名をつけて流通するようになったら素晴らしいと思います。」という言葉をDr.Toriの伯父さんで東北大名誉教授の鳥塚賀春先生から頂いた。この意味をじっくり理解して今年の課題にしていこう。仕事も趣味もいつも主体的にやりたい。

平成13年12月24日 暮れもおしせまって

 今年も残すところ一週間になった。一年をふり返ってみると9月のアメリカにおける中枢同時テロの衝撃があまりにも大きかった。事件前の8ヶ月の印象が記憶に薄い。小泉政権の誕生で政治も変わり始めたものの、経済不振は一向に上向く気配が見えない。

 その後のアメリカによるアフガニスタンへの武力行使もタリバンの崩壊、暫定自治機構の成立と最終局面に向かいつつある。後はタリバンの最高指導者オマル氏とビンラーディンの捕捉だ。最後の詰めを慎重にやって欲しい。

 昨日は今上天皇陛下の68歳の誕生日だったが、先日皇太子ご夫妻の間に「敬宮愛子様」がお生まれになった。暗いニュースが多い中で今回の慶事は殊のほかうれしいできごとであった。ご結婚後一度は流産されたこともあっただけに国民が等しく安堵されたことと思う。日本における今年の大きな喜びの一つだ。

 話題は変わるが、今月は寄居を中心に様々な音楽のライブが展開された。12月8日の佐藤GWAN博さんの「星空」ライブはNarita君やHonky Brothersのジョイントで本当に温かいライブだった。そして12月15日はDr.Tori and Loveboneのブルースが熊谷の冬の一夜を熱くした。更に22日は伊勢崎市でホトケand塩次伸二の超一流ブルースが上州の空っ風をぶっ飛ばした。Tさんご苦労様。

 残り1週間を健康に注意して頑張りましょう。

平成13年12月6日 「レクイエム」  早すぎた川瀬大兄の死

 9年程前の夏、寄居町は8月5日の玉淀水天宮祭と第7回全国水環境保全市町村シンポジウム(名水シンポ)で例年になく暑い夏の一日を迎えていた。

 その頃、寄居町商工会青年部では川瀬大兄が新しい部長になって新しいイベントをやろうという気運が盛り上がっていた。そこで考えついたのが水天宮祭のプレイベントも兼ねて市街地の中央でお化け屋敷をやろうという提案がなされた。大久保氏がパイプで小屋の骨組みを組み他の部員は、ある者は古畳を、また干草を敷きつめ内部の仮装を担当した。そして時間交代でお化け役にみんなが身支度をした。暑さと干草の草いきれのなか子供たちの叫び声の飛び交う小屋の中で青年部員は汗だくになって奮闘した。とてもたくさんの人が入場してくれた。

 川瀬大兄はもちまえの行動力で部員をぐいぐい引っ張っていた。雨よけのためのシートを持って屋根に登ったり、お化けのメークに恥ずかしがる部員を叱咤激励したりと獅子奮迅の活躍ぶりは今も脳裡に焼きついている。

 また大兄は素晴らしいギタリストでもあった。私が初めてそのギターを聴いたのは、寄居の場末のクラブだった。カラオケのバンドも努めながら、最後のバンドのテーマ曲の演奏にはジャージーなギタープレイを披露していた。大兄の性格から控えめにサックス奏者の脇でギターを弾いていたが、確かなテクニックと醸しだす雰囲気には独特なものがあった。

 そんな川瀬大兄が、11月27日に突然、急性大動脈剥離で急逝してしまった。大兄は私より3歳年長だが青年部では大変に可愛がっていただいた。あまりにも突然だったので私自身が川瀬大兄の死を受容するのに10日は必要だった。思い出を整理しあぐねていたというのが実際だった。

 たくさんの友人が、通夜から告別式にわたる一連の儀式を影に日なたに支えていた。素晴らしい奥さんと、三人のお子さんを後に残して旅立つことは断腸の思いだったろう。しかし、あなたが46年の生涯を通じて得た友人たちはきっと残された家族の皆さんを支えてくれます。

 川瀬清さんありがとう。そしてゆっくりおやすみください。

平成13年12月4日 コンピューターウイルスの恐怖

 11月30日ごろにウイルスに感染しました。知り合いの名前を使って添付ファイルつきのメールが送られてきた。普段メールの交換もしていないので変だなと思い、開かずに後で削除しました。どうもこのウイルスはトロイの木馬型(ワーム型)で名前をWORM−BADTRANS.Bというものらしい。トレンドマイクロによればこのワームは流行した「ニムダ」ウイルス同様、メールをプレビューしただけで活動を開始する「ダイレクトアクション活動」を実現していて、メールの添付ファイルが実行されなくともメールがプレビューされたりオープンされるだけでメールの添付ファイルが実行されワーム活動が開始されるものだそうだ。

 何とも恐ろしい経験だ。これまでウイルス対策を安易に考えていた自分を大変反省している。今後、インターネット常時接続サービスが近々可能になるそうだ。ますますウイルス対策に真剣に取り組まないと大変なことになる。皆さんも是非ともセキュリティーには万全の注意を払って欲しい。最後に今回の件でご迷惑をおかけしたたくさんの皆様に心よりお詫びします。


平成11年11月26日 雑感

 先週中堅の損害保険会社 大成火災が経営破綻した。理由はアメリカの中枢同時テロによって航空機などの保険の再保険を引き受けていて、その支払額が莫大になり経営に行き詰まったからだ。航空機などの保険はいったん事故が発生したときには損害額が莫大になるためにその保険の引き受けには慎重になるそうだ。しかし、損害保険業界も大手企業の再編が進む中での焦りもあったのだろう。

 それから大手都市銀行が次から次へと数千億円の赤字決算になることを発表した。「銀行も大変だなあ!」と言うより経営の足枷になっている不良債権を早く処理しようという意思表示であり歓迎すべきことなのだろう。これに関連して政府与党内には間近に迫る銀行のペイオフ解禁を延期すべきとの話が出ている。

 いつも思うのだが、この国の今の政治は本当にポリシーが感じられない。小沢自由党党首が言っているように「日本をどのような形の国にするのかという明確なビジョンがないからいつも場当たり的なことしかできない。」

 閑話休題、昨日は娘のかようピアノ教室の発表会があった。先生は従兄の子供と同級生で27歳、中央公民館を借りて50人を超える生徒に素晴らしい演奏を披露させていた。たいしたものだ。最近、従兄のTからいろいろなミュージシャンの音楽を聴かせてもらっている。ブルース、フォーク、ソウルそれぞれにとても良い。

 私も40の手習いで何か楽器でもやろうか。音楽っていいですね。


平成13年11月25日 大相撲 千秋楽

 14日目で優勝は横綱 武蔵丸に決まった。今日の注目は昨日の武蔵丸戦で右足を怪我した関脇の栃東の闘い振りだ。この勝負で大関の武双山を破れば大関取りは確実視されている。栃東は見事にこの一番に勝った。おめでとう。

 最近の大相撲で以前と変わったなあと感じるのは、インタビューに応える力士たちの話だ。現在の横綱 貴乃花もそうだが、これまでは、力士の口数の少なさと、心情を表面に出さないことが特徴だった。しかし、この頃の力士は違ってきた。三賞力士 技能・栃東、敢闘賞 朝青龍、若の里、みな話が分かり易いし、正直に包み隠さずに話している姿に好感を持った。

 若・貴人気で連日の満員御礼を続けてきた大相撲も最近は満員御礼の垂れ幕がなかなか懸からない。確かにニュー・ヒーローが少ない事 等いろいろな理由があろう。しかし必要なのは心技体のバランスの取れた力士の養成だと思う。国技・大相撲のルネッサンスを切望する。


平成13年11月22日 ホームページクリニック

 寄居『六斎市』のホームページについて(有)アイ・リンク・コンサルタントの加藤忠宏先生からいろいろ指導いただいた。今回は2回目だが、駄洒落を交えた切れの良い語り口には毎回感心させられる。検索エンジン対策、各shopの診断等具体的に指摘してもらった。

 「背に腹は替えられぬ」とネットに取り組んでいるのは1か2の店だけ。ネットでは何でもありますではお客は付いて来ない。一点突破で特徴あるホームページをつくらなくてはいけないと教えられた。自分のショップコンセプトは何か。それに関連するキーワードは何か。・・・

 自分のホームページを作ることは、自らの商売、お店の見直しをすることに他ならない。自分の商売のアイデンティティー探しである。


平成13年11月19日 ふるさと祭典市

 今年のふるさと祭典市は去る18日(日)に町の産業文化祭と同時に町役場駐車場を会場に開催された。これまでは市街地の役場跡地で産業文化祭とは日程をずらせて開催されてきただけに大きな変化である。

 会場を一廻りして感じたことは、来場者はこれまでのふるさと祭典市に比較して断然多いこと。会場のレイアウトは回遊性を持たせてあり上手く人が移動していること。この二点は強く感じた。

 さて、催しものはどうかというと、商工会関連については例年と大きく変わったところは殆どない。フリーマーケット開催(ただし、ここ最近出店者が寄居町の方よりもプロのような人が多い点が気にかかる)各町商店会の催事、商店個店の出店、青年部企画によるアミューズメント遊具の設置、例年通りだ。強いて言えばストリートパフォーマンス的なライブ(BLIND LEMON BROTHERS)が今年の特徴だった。

 ふるさと祭典市の企画の中心の青年部が「人が集まらない市街地の役場跡地で実施するより良かった。」と言っていた。しかしこの考え方には大きな誤りがある。ふるさと祭典市は日頃のご愛顧に対する商店からの感謝を表すだけでなく、如何にしたらお客様を惹きつけ集まってもらえるかを実験する場でもある。つまり人の集まったところへ行っていくらかの商いをすることは本来の祭りの趣旨からは外れている。今までのやり方でお客様に飽きられたのならその次ぎの策を練らなくてはだめだ。私はそう考える。 

 

平成13年11月17日 凌雲会創立10周年

 寄居地域の若手経営者の経営のスキルアップと帝王学修得を目的とした会がこの凌雲会である。平成2年まさにバブル経済が崩壊した時期に創立された。この10年は銀行では資産デフレによって不良債権が経営を圧迫する冬の時代となった。そして私たちの企業活動においても物価の下落、販売の不振と厳しい10年であった。

 このデフレ経済に対して私たちはどのように立ち向かうのか。創業者の先輩であるO氏は戦後の経営者でデフレ経済に遭遇した経営者はいなかった、それだからこそ君達はやりがいのある時代にいるんだと言われた。気持ちは前向きでなくてはいけない。

 今回の式典で一番勉強になったのは記念講演だった。講演は日本政策投資銀行 地域企画部 調査役 藻谷浩介氏の「これからの寄居と地域企業ー生き残りに向けた現状認識と戦略ー」である。若干37才にもかかわらず博覧強記、かつ論理的思考回路は驚くばかりであった。まず人口減少時代の到来によって寄居の成長には急ブレーキがかかるという事。その認識を確認した上で、地域を子供たちに残していくための戦略を提示してくれた。

 その地域戦略とは1、既存産業が衰える前に『すきま産業』振興をすること。2、旧市街地への長期的な機能再集中という戦略である。抽象的ではあるが氏の提案を具体論にしていく努力を我々自身がやっていかねばならないのである。明日から!


平成13年11月14日 戦没者追悼式

 昨日、寄居町の戦没者慰霊の式典が中央公民館であった。先の大戦では250万余の尊い命が失われ、その犠牲の上に私たちの今日の繁栄があることに思いを致す一日であった。

 寄居町でも881人の方が亡くなられている。私の母の兄も特攻隊に志願し、沖縄で亡くなった。子供や一家の大黒柱を失った家族の悲しみを考えると二度と戦争を起こしてはいけないと痛感する。

 20世紀が戦争の世紀であったことから、21世紀こそ平和の時代を望んでいたが世界各地で紛争は止まない。アフガニスタン情勢も北部同盟の首都カブール制圧を受けて大きく変化しようとしている。一日も早くアメリカ中枢同時テロの首謀者ウサマ・ビンラーディンの捕捉とテロ組織アルカイーダの殲滅を望む。そして中東和平の進展を希求して止まない。


平成13年11月12日 毎日一つの感動を

 以前、加藤シズエさんが歳をとってもボケないでしゃんとしていることの一つの極意は、毎日何かに感動することだと話していたのを思い出した。

 日曜日に夜のテレビ番組で「知ってるつもり」というのがある。昨夜は今年7月に79歳で亡くなった作家の山田風太郎氏についてとりあげていた。たった1時間くらいの番組でその人の全人生を語ろうとすることには不可能だ。かえって偽った印象を与えることすらある。しかしなるほどと頷くこともある。
 
 医者の家に生まれた風太郎は幼くして一家の大黒柱・父 太郎を失い、ほどなく39歳の母までも亡くす。このことが作家に与えた寂しさは死ぬまで脳裡から離れなかったようだ。

 幼い頃から大頑丈ではなかった彼は、徴兵検査でも肋膜炎を患っているとしてはねられた。戦争においてさえも自分は列外だという思いは、自分の人生は「列外」の人生だとうそぶき、文壇にも属さず、飄々と作品を書いていった風太郎の生き方に現れているのだろうか。

 私は彼のことを従兄のTから聞き知るくらいでほとんど何も知らない。最近NHKが金曜日の時代劇で山田風太郎・からくり事件簿を放映しているが、実に面白い。この人はニヒリストなのかと思うがさにあらず、物事のうらとおもてを鋭く見極める冷徹さと、あくまでも人間に対してはその心の底の底を描ききっていると感じた。いつかしっかりとこの人の作品を読みたい。


平成13年11月9日 トヨタ増収増益
 
 今日のニュースで一番注目されたのがこのニュースだ。家電、IT関連が不調だが自動車関連は新車の売上が伸びて好調だという。赤字から黒字に転換した日産自動車はルノーとの提携、カルロス・ゴーンというトップの大胆なリストラ経営によってよみがえりつつある。しかしトップのトヨタの好調ぶり、その高収益性は、製造業での「トヨタ一人勝ち」を鮮明に示した。
 
 トヨタの強さは何か、その販売力の凄さ、財務力の強さ、コスト削減の徹底、だと新聞は分析していた。確かに夏休みのお盆中もトヨタだけはディーラーが営業していた。以前からトヨタのカンバン方式は有名だが、コスト削減面で日産が部品などの単価を2割削減したのに対してトヨタは3割削減だそうだ。協力工場にとっては本当に厳しいものだ。しかしこの冷酷なまでの徹底振りが好調を支えているのだと納得させられる。

 このことから私たちも学ばねばならないことはたくさんある。「売る努力してますか?」「コスト意識をもって商売してますか?」「新商品開発に努力してますか?」...


平成13年11月7日 立冬

 暦の上では今日が立冬。ここ一両日の朝晩の寒さは冬の到来が近いことを実感させる。各地から初霜や、山々の初冠雪のニュースが伝えられる。

 水仕事の豆腐屋にはこれから厳しい季節に突入だ。夏場の冷奴から湯豆腐に豆腐の食べ方も季節の変化を映している。最近は健康志向から大豆製品への関心が高まっている。豆腐も大豆製品の代表格として様々に宣伝されてはいるが、消費量が眼に見えるように増えているわけではない。まだまだ豆腐業界の努力が足らないのだろう。

 さてさて世の中に渦巻く暗い雰囲気は何なのか?出口の見えない不景気、アメリカの中枢テロ事件とその後の炭そ菌事件、そしてアフガニスタンへの武力攻撃、わが国では狂牛病による牛肉への不安、IT不況による大手電機メーカーのリストラ等で史上最悪の失業率と良いニュースがない。

 こんな言い方は不謹慎極まりないが、今月末に皇太子様御夫妻に初めての待望のお子様が誕生する。日本に明るさを与えて下ることを望んでやまない。


平成13年11月5日 ワールドシリーズ第7戦

 第6戦にランディー・ジョンソンの好投と打線の爆発で勝利したダイアモンドバックス、最終戦はどちらが勝利してワールドチャンピオンになるのか。戦前からわくわくしていた。ヤンキースはエースのロジャー・クレメンス、ダイアモンドバックスはシリーズ3戦目の右のエース シリングだ。これだけ聞いただけでも興奮してしまう。

 試合は序盤は両エースの好投で緊迫した投手戦、100マイル近い速球で打者をねじ伏せるクレメンス、硬軟合わせたシリングも三振を積み重ね二人で19奪三振。なんて凄いんだ。7回アリゾナが1点先取するもニューヨークもすぐに追いつく。8回シリングがまさかのホームランを浴びて降板、これでヤンキースの4連覇は確実かと思った。

 しかし、勝利をあきらめないダイアモンドバックス、ワンポイントを挟んでついにランディー・ジョンソンがマウンドに上がり後続を断った。9回もジョンソンはヤンキースを0点に抑えてベンチに帰ると、大声で叫んで攻撃陣に檄を飛ばした。正に2メートルの巨人が白頭鷲の形相で相手を睨みつける。凄い気迫である。

 9回裏ドラマは待っていた。これまで抑えに失敗したことのない、スーパークローザーのリベラに対して先頭打者のグレイスがヒット、次のバッターの送りバントをリベラが2塁悪送球、1ダウン後ついにタイムリー2塁打で同点に追いつくと、死球で満塁、最後はゴンザレスのレフト前安打でついにさよなら。最高のカットボールピッチャーのリベラが打たれるなんて信じられなかった。言葉にできない熱いものを感じさせる素晴らしい試合だ。クイーンの「We are The Champion」が流れバンクワン・ボールパークが観客の歓喜に揺れた。言葉は要らない。これぞベースボール!


平成13年11月2日 アフガニスタンへの攻撃

 10月8日に始まったアフガンへの攻撃は空爆を中心に1ヶ月間続いている。その間にマスコミの論調は確実に変わってきている。当初は米英の攻撃に対して積極的ではないが同調はしていた。しかし、タリバンの執拗な抵抗で目に見えた成果が挙がらないことや一般市民に犠牲者が出ていることから、現時点ではイスラム教のラマダンに近づいていることもあり、早い時期に攻撃を止めるべきだとの記事が多くなっている。

 今回の武力衝突では情報戦も重要な要素を占めている。アフガンのイスラム通信が民間人の犠牲を殊更のように強調するのも、またアメリカ軍が特殊部隊の作戦の映像を放映するのも又情報戦だ。この情報戦においてはどちらかと言うとタリバンとウサマ・ビンラディン側に有利に進んでいるようだ。アメリカがテロとの戦争だと強調していても、タリバンはイスラムと西欧文明の戦争のように情報操作し、世界中のイスラム教国を味方につけようとしている。

 しかし考えてみよう。いまアメリカ中を恐怖に陥れている「炭そ菌汚染」、郵便を使って炭そ菌を送りつけるやり方は、無差別テロに他ならない。送り先がマスメディアや議会、ホワイトハウス、司法というアメリカの中枢部ではあるが、感染者や死者が郵便局員から一般市民にまで及んでいる事実が如実に示している。無差別テロに対抗する武力行使は正当な自衛権だと主張するライス大統領補佐官のコメントは当然だといえよう。

 アメリカは最初から今回のテロとの戦争は月単位、年単位のものになると国民に説明してきた。またその通りになって来つつある。おそらくタリバンに対する燃料や物資の輸送を断ち消耗戦に持ち込むものと思う。あたらマスコミの報道に振り回されることなく、何が真実かを自ら判断しないといけないと感じている。


平成13年11月2日 ワールドシリーズ

 MLBワールドシリーズは第5戦まで終わってニューヨークヤンキースが3勝2敗で逆王手をかけた。第4、5戦は9回2アウトまで2点をリードされていたヤンキースが起死回生の2ランホームランで同点に追いつくと延長戦でさよなら勝ちした。ヤンキースの選手には何かが乗り移っているとしか思えない。これが伝統というものなのだろうか。

 さてこの4、5戦で同点ホームランを打たれたのが韓国人キム投手。あのヤンキーススタジアムの独特な雰囲気の中で彼は何を考えて投げたのだろうか。東洋人がワールドシリーズで投げたのは彼が初めてだ。シーズン中、抑えの切り札として活躍してきただけに、選手からも監督からも絶大の信頼を寄せられてきた。おそらく緊張感で力が入り、平素の投球が出来なかったのだろう。でも終わったわけではない。第6戦以降ホーム、アリゾナに帰ってもう一度キム投手の勇姿を見せて欲しい。東洋人の誇りを持って。


平成13年10月30日 CUM’CUM’ライブ
 27日の皆野ホンキートンクはもえていた。あの盛り上がりはかつて憂歌団がホンキーでクリスマスライブを続けていた頃を髣髴とさせる。7:15pm BGMが変わりメンバーがステージに登場してくる。ステージ中央後ろに正木五郎ちゃんがタバコをくゆらせながらドラムに座る。右にギターの河内博さん左にベースの渡辺けんぞうさん。最後にボーカルとギターの木村充揮さん役者は揃った。

 ぼちぼちいこうか!木村さんの独特なハスキーな歌声が一発で聴衆の気持ちを掴む。木村さんがホンキートンクのために創った名前も「ホンキートンク」はのりのいい良い曲だ。もう聴衆はカムカムの世界に思いっきり引っ張りこまれる。

 木村さんの曲間のトークがまたとぼけていて最高。前回のライブのときに一緒にお酒を飲ませてもらった正木五郎ちゃん、その正確で、パワフルで、あったかくて、時には悲しく、時には凶暴なドラミングはみていて本当に格好良かった。ティーシャツの胸にPEPSIをパロったPENIS むむむ・・・

 沸点に達した聞き手は30歳を超える人が多いように見えたが、あるひとは踊りだし、あるものはこぶしを突き上げて叫ぶ。まだまだ俺たちにだってパワーはあるんだぜ。それにしても素敵なライブに来れて最高の2時間半でした。CUM'CUM'有難う。


平成13年10月25日 ヤクルト日本一おめでとう

 イチロウと佐々木の所属するシアトル・マリナーズがアメリカンリーグのチャンピオンシップで強豪ニューヨーク・ヤンキースに1勝4敗で敗れてから野球への関心は一挙に薄れていた。

 しかし日本シリーズが始まるとやっぱり興味はある。まともにテレビ観戦したのは第5戦の6回からのたった3イニングだった。最後はやっぱり言い知れない緊張感がみなぎるいい試合であった。石井投手も第1戦で素晴らしいピッチングをしたが何といっても一番のヒーローは古田捕手以外にはいなかった。第1戦の2塁ベースへのヘッドスライディング、どんなワンバウンドも決して後ろに逸らさない、バッターの一挙手一投足を見逃さない鋭い眼光、全てが日本一のキャッチャーに値する見事なものだった。怪我を押して出場して真に天晴れ。近鉄は若い荒削りなチームだ。来年に向けて更にバッチングに磨きをかけ捲土重来を期待する。

 27日からはアメリカではワールドシリーズがヤンキースとアリゾナ・ダイアモンドバックスとの間で行われる。4連覇を狙うヤンキースに何とかテロ事件で悲しみの渦巻くニューヨークに歓喜をもたらして欲しいと願う。


平成13年10月24日 寄居町商工会青年部・馳浩特別講演会

去る21日にプロレスラーで衆議院議員の馳浩氏の講演会が開催された。21日は町内で様々なイベントが開催されていたが200名ほどの聴衆が集まった。平素の講演会と違いプロレスの熱狂的なファンの10代20代の青年も聴きに来ていた。

講演会は講師が「今日はクエスチョンタイムでやります。」と宣言してはじまった。最初にアメリカ中枢同時テロの事、狂牛病問題のこと等を簡単にコメントする間に参加者が質問を用意して本論に入っていった。若者からはプロレスについての話があり、青年部員からは教師からプロレスラーそして国会議員と華麗なる転進の思いや、小泉総理大臣の評価などの質問があった。正直言って講演会としてはポイントの不明確さが目立ったのは残念だった。

今回の商工会青年部のイベントはUWF学生プロレスと馳浩の特別講演を柱に、混沌とした政治経済状況に立ち向かうための一人一人の意識改革、価値観の転換を訴えることを目的にしていた。ある程度のインパクトは与えられたろうが、今大切なのは意識改革し活動的になって、次に何をするかが問われている。小泉改革が改革を唱えてばかりで具体論がないと批判されているように、私たちも現実の問題をどう捉え如何に行動するかの具体論が求められている。


平成13年10月19日 大リーガーイチロー菊池寛賞を受賞
イチロウの所属するシアトル・マリナーズはアメリカンリーグのチャンピオンをニューヨーク・ヤンキースと戦い、2連敗と苦戦している。そんな中でもイチロウは第2戦3打数2安打と相変わらずの好調を持続している。今シーズンは伝説の強打者シューレス・ジョー・ジャクソンの新人最多安打を更新して見事首位打者になり、おまけに盗塁王にも輝く偉業を成し遂げてきた。彼の活躍は日本の誇りでもあり、アメリカ人にも感動を与えた。彼の菊池寛賞受賞は心からおめでとうと言いたい。(ちなみに菊池寛賞は日本文学振興会が制定し、1953年から毎年、文学や映画・演劇、新聞、放送、出版などの文化活動で優れた業績をあげた人や団体に贈っている。)
さて、放送ではNHKのプロジェクトX制作スタッフが戦後の日本を築いた人々の挑戦物語を描き、日本人に明日への勇気を与えたとして受賞した。私自身プロジェクトXのファンでもあり、素直に喜んでいる。話は変わるがNHKは郵政省の特殊法人である。今回の小泉内閣の特殊法人の見直しの中で膨張を続けるNHKについては民業を圧迫し、メディアのあり方においても問題が大きいと指摘されている。この際きちっとした判断が下されることを望みたい。


平成13年10月17日 無題
先日、地元の酪農家と話す機会があった。今年は本当にむちゃくちゃな一年だという。雪印の牛乳食中毒事件がおきて牛乳の消費が減少したのに加えて今度は狂牛病問題だ。泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったりとは正にこの事だと嘆いていた。食べるものは一度信頼を失うとそれを回復するのは並大抵のことではない。前者においては大企業の驕りが原因の一つにあったろう。しかし後者の場合、行政の責任に負うところが大きい。牛乳は安全である。そして肉もどの部分が危険でどの部位は安全なのか明確に伝える努力が足りない。10月から寄居町でも情報公開条例が施行されたようだが是非とも「正確で、速やかな」公開を切望する。


平成13年10月16日 トンボ公園音楽祭への一つの提案
200名以上の人が愉しい一日を過ごした。しかし、もっと多くの方が参加してくれたらと願うのは欲張りだろうか?アコースティックな音楽の中に身をゆだね、トンボが飛び交う里山の秋のやわらかい日差しを浴びていると心から幸せな気持ちになる。こんな気持ちをもっとたくさんの人に、特に子供たちに体験させてあげたい。まだまだ心や、身体に何らかの病を抱えて学校に通えない子供がたくさんいる。是非こんな子供たちも招待してあげたい。それから高齢者の皆さんも、今は大正琴やらダンスやらと盛んだが本当のほんまもんの音楽に触れ合う機会は少ないだろう。ちょっと欲張りすぎだが考えてみる価値はあろう。
もう一つ、バンドが多かったために5時間をめ一杯、切れ目なく音楽三昧だった。できれば繋ぎに寿司屋でいうガリが欲しいと感じた。つなぎにちょっとしたパフォーマンスがあるとそれぞれの音楽がより際立ったように感じた。こんな点を来年までの課題に取り上げていただけると嬉しい。


平成13年10月15日 第1回トンボ公園音楽祭開催される
10月14日午前11:00から午後4:00まで寄居町男衾のトンボの里公園にて音楽祭が開催された。トンボ公園作りを通じて寄居町の貴重な里山と自然を子供たちに残していこうとはじまったのが「寄居町にトンボ公園を作る会」の運動だ。会の生みの親の新井裕さんの思いに地域の人が共感して運動は地道に町の中へと広がっていった。池堀から雑草刈り、木道作りと全て会員の手によってなされてきた。寄居町のボランティア団体の先駆的存在といえよう。
これまでのトンボ公園祭りと違って『音楽』をテーマに地域の人とトンボを語り、自然を語ろうという企画に賛同して、秩父から本庄から更には東京から多種済々のミュージシャンが集って男衾の里山に楽器と歌声を響かせた。のどかな一日になった。私たち「六斎市」からもリビングおおたにさんマルイチ養鶏さんと私、大谷豆腐店が参加した。街中のイベントでない点またモノを売ろうというイベントでない点で勝手が違ったが新しい試みとして今後に繋がる何かを期待させるイベントとなった。主催者の皆さん大変お世話になりました。次回以降はもっともっと広くまちの人に呼びかけて秋の恒例の祭りにしていきましょう。

平成13年10月12日 ノーベル化学賞
2001年度のノーベル化学賞に名古屋大学・大学院教授の野依良治教授が選ばれた。自然界でしか出来ない有機化合物を人工的に作り、医薬品、香料の大量生産に成功したことが受賞理由とされている。はっきり言って何がなんだかわからない。昨年の白川英樹さんに続いての連続の化学賞受賞は、日本の基礎科学の底力を示すものでとてもうれしい事だ。あるラジオ番組で野依教授のプロフィールを紹介していた。教授は京都大学の頃はマージャン好きで快活な学生だったそうだ、あることをきっかけに化学の実験にのめりこみ、ハーバード大学1年間の留学後はあれよあれよという間に33歳で教授になったそうだ。ご自分で言うようにモーレツ研究者だったそうだ。発見や発明は失敗の積み重ねと、偶然の賜物のようにいわれるがその陰にはやはり気が遠くなるような努力の積み重ねがあるようだ。「高い理想を持て、そして日本人は変に自虐的にならずに自信を持つことが必要だ。」なるほど。


平成13年10月9日 米英のアフガニスタンへの攻撃始まる
9月11日のアメリカ中枢同時テロから約一ヶ月が過ぎようとしていた10月8日、アフガニスタンへの攻撃が始まった。ウサマ・ビンラーディンとテロ集団アルカイーダ、それを擁護するタリバン政権への攻撃だ。なぜ今始まったのかについては識者がいろいろに推論している。国際世論の流れ、配備された軍隊の士気、アフガンの天候・・・。しかしテロ根絶のための武力行使は、やらなければ更なるテロが起きる可能性が高いのだからやむを得ないと私は思う。それにしても、湾岸の国カタールの『アル・ジャジーラ』という放送局のウサマ・ビンラーディンの映像とインタビューの映像はただただすごいと感じた。どこに潜伏しているのかアメリカにも分からない状況下でビンラーディンの米英の武力行使に対する徹底抗戦の演説を放映して見せるとは驚きだ。何がこのような報道を可能にしているのか知りたいものだ。『中東のCNN』さん。


平成13年10月7日 ウォータービジネス
日本でいう水商売とはちがう。最近では街中を歩く若者たちが手にしているボトルウォーターのビジネスのことだ。その昔「水と安全はただだ。」というのが常識だった。しかし今は安全も水もお金を出して買うものになってきている。NHKスペシャルが今回採りあげたのがボトルウォータービジネスだ。これまでは先進国でブランド水といわれる天然の、美味しい湧水や名水を商品化したものがボトルウォーターであった。高価で贅沢品だと考えられてきた。しかし今、コンサルタントが注目しているのは、普通ならば飲料に適していないような水を飲料化する「加工水」が注目の的だそうだ。特に水事情が悪いアジアが最大の市場と目されている。特に大都市への人口の集中が進む南アジアの大国インドは、水道水の供給がまったく追いつかない。たまに出る水道水もその安全性は疑わしい。そこで中小のボトルウォーターメーカーも事業の拡大を続けてきた。そこに目を付けたコンサルタントの市場への参入の手法と、企業買収の実態が描かれていたが凄まじい。欧米の水の安全基準を様々な手を使って政府に採用させる。更に安全基準をクリアーできない企業を次々に買収していく。こうして欧米の大手企業が市場を席巻していく。
ただ最後に考えさせられたのは全米で大手企業が住民から商品のボイコットを受け問題が生じているということだ。確かに自由主義社会では、人は自分の所有する土地、そこに湧き出る水を如何しようと許される。しかし過度に水を採取しすぎて周囲に対して地盤沈下などを引き起こすことは権利の乱用と非難されよう。企業活動と倫理観のバランスを取らねばいけないと強く感じた。


平成13年10月4日 秋の夜長に
ここのところ寒暖の差が激しく子供たちの間では風邪ひきが多いそうだ。季節の変わり目なので健康にはくれぐれも留意願いたい。
めっきりと日暮れが早くなった。5時半ごろにはもう薄暗い。暑くもなく寒くもない心地よさに読書でもと思っているがなかなかはかどらない。新聞を読むのが精一杯だ。最近の新聞には本当に個性が乏しい。皆同じような視点で同じようなことを書いている。ニュースソースが皆同じで、記者が本当に足で稼いだ情報が少ないように感じられるがどう思います?産経新聞がどちらかというと「ものをいう新聞です。」といって朝日新聞との対極にいる。両紙を読み比べるとバランスがとれてよさそうだ。アメリカ中枢同時テロ事件の陰に隠れて様々なことが忘れられているようだ。新宿雑居ビル火災、遺跡捏造問題、大阪池田町児童殺傷事件、株価の一万円割れ、大手スーパーマイカルの破綻問題、忘れてはいけないことがあまりにも記憶の隅に押しやられている。


平成13年10月2日 古今亭志ん朝さんの死
昨夜のラジオニュースで志ん朝さんの訃報に接し何とも寂しい気持になった。私は大学生の頃、従兄のTさんから落語の話を聞いてからというもの落語ファンである。テレビで高座を観ることも寄席に出かけることもないが、NHKの玉置宏の落語番組などをたまに聞いていると昭和の大看板の貴重な録音を聴けたりして愉しいものである。学生の頃には古典落語の文庫の全集などをよく読んだ。当時の落語の雑誌には寄席の四天王として古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽、橘家円蔵、のことが良く話題にされていた記憶がある。志ん朝さんは本当に古典落語の名手、すでに名人の域の人だ。私自身は四天王の中でも一番好きだった。父が5代目古今亭志ん生、兄が10代目金原亭馬生と落語一家に生まれた。結城昌治さんの「志ん生一代」にもあったが父志ん生は軽妙洒脱、破天荒な人だった。その父と同じ、「火焔太鼓」「お直し」「明烏」などを得意にしていたが、その語り口のやわらかさと完成された話芸は他の追随を許さないものだった。63歳という若さゆえに何とも悔しい。天国で親子でゆっくりお酒を酌み交してください。合掌


平成13年9月29日 GWANさんとの出会い
昨夜、従兄とミュージシャンであり、脚本家のGWANさんとお会いした。高田渡や友部正人さんの先輩にあたる。最初は末野の金太郎で焼き鳥を食べた。このお店は以前焼き鳥とイタリアンレストランが同じ敷地内で別個に営業していたのを融合させた新しい試みに挑戦している。まだ改装して間もないと聞くがお客さんは子供連れの若い夫婦あり、恋人同士あり、私たちのようないい大人のグループありと様々だ。寄居の若い料理人も頑張っているなと感心した。成功を祈りたい。
さてGWANさん次のお店に行くとやおら年季の入ったギターを取り出して口ずさむように唄いだした。そのギターテクニックも素晴らしいが何といっても詩が素晴らしかった。『青空』という最初のアルバムから30年ぶりに『星空』という新しいアルバムを発表したばかりである。「青空」「なおチャン」「たんぽぽのお酒」たくさんの歌を唄ってくれた。一枚の紙に落とした万年筆のインクが青く染み込んでいくように心に沁みいる唄だった。秋の夜長に何とも素敵な時間を過ごさせて頂いて幸せ!


平成13年9月29日 巨人軍・長嶋監督辞任
昨日の広島カープ戦の11対10の敗戦で今年のセントラルリーグのペナントレースも決着がついたと感じた。巨人らしいといえば巨人らしい最後のヤマ場での連敗は、秋の夕暮れのように何とも寂しいものであった。その翌日突然とも言える長嶋監督の辞任は、20世紀の日本のプロ野球の終焉を告げるものであった。彼の周囲にはいつも華やいだ雰囲気があった。立教大学を卒業して読売巨人軍に入団し、初試合で400勝投手金田正一から三連続三振をしながらも、その後素晴らしい成績を残していった彼。そんな長嶋は監督在任中日本一に何度か輝いたが、今回は果たせずに退任することになった。高額な移籍金で他チームの有力選手を獲得するやり方に批判も多かった。しかし長島監督は常にテレビの視聴率を気にしていたと言われる。何よりもお客様を楽しませる野球を目指していたのだと思う。今年になってイチロウと新庄が野手としてメジャーリーグ入りし、イチロウは今日新人の最多安打233を90年ぶりに記録し、マリナーズは抑えの佐々木の活躍もあってダントツの強さで地区優勝した。新庄も彼らしい実力をメッツで存分に発揮している。メジャーリーグの視聴率は上がるが巨人戦の視聴率は常に低迷してきた。星野中日監督、仰木オリックス監督も退任するという、正に日本のプロ野球が岐路に立たされた一年であったように感じた。『長島茂雄は今日引退しますが、我が巨人軍は永遠に不滅です。』監督最後の試合の後で今度はどんな名文句をはかれるのか楽しみではある。しかし寂しいな。


平成13年9月28日 狂牛病問題
イギリスの資料映像で見る狂牛病の牛は、走ってくるが急に足がもつれるように跪き立とうともがくが二度と立ち上がれない。何とも衝撃的な映像だ。日本でも9月はじめ千葉県で狂牛病を疑われる牛が報告され、後日イギリスの専門機関で狂牛病と判定された。今回の問題で重要なのは、該当する牛は焼却処分されたと最初に発表しその後、家畜用の飼料に加工されて流通していたなどと誤った情報を流した農水省の対応と同時に、1980年代半ばに狂牛病の存在が確認されてその原因も、狂牛病の牛が加工された肉骨粉が飼料として与えられていたことが原因と認識されはじめ、病気の伝染はEU全体にも拡がっていたにもかかわらず日本は大丈夫として危険意識に乏しかったことだ。
私は今回の狂牛病がなぜ起こったのかと考えるとき、人間の経済効率中心の考え方がその根底にあるのではないかと考える。なぜなら牛は本来なら草食動物であり、同じ牛の肉を食べることなど無かったはずだ。そこに人間が牛のくず肉や骨を無駄にしたくない、或いは肉骨粉を与えると牛の成長が速く、早く商品化できるという価値観が生み出した悲劇だと思う。遺伝子操作をはじめ様々な技術開発がなされているがその技術を有効に使うには使用者・人間の倫理観、道徳観が問われている。
ちなみに『狂牛病』・・・牛の脳に小さな穴があいて運動神経に障害が起き、死に至る病気で、正式には「牛海綿状脳症」という。1980年代半ばに英国で最初の症例が確認された。異常タンパク質の『プリオン』が病原物質とされる。ヒトが狂牛病に感染した牛の脳などを摂取すれば、有効な治療法が見つかっていない致死性痴呆症の新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病になる疑いが強いとされる。

平成13年9月24日 アメリカ中枢同時テロを考える(3) 報復行動をとるべきか
アメリカのブッシュ大統領は今回のテロ事件は自由と民主主義に対する重大な挑戦行為であり「新しい形の戦争」であると表明、それに対して武力で徹底的に対抗すると言明した。「報復は報復を呼ぶ」「恨みを以って恨みに対するは恨みを繰り返すのみ」として報復に対する反対の意見も根強い。ではどうすべきなのか?今回のテロ事件をはじめ様々な過去のアメリカを標的にしたイスラム原理主義過激派と話し合うのか?それが可能ならいざ知らず考え得べきもない。今回の事件以降イスラム教徒やアラブ系の人に対する暴力が起きている。ブッシュ大統領はイスラムのモスクで演説したり、様々な演説の中で今回の軍事行動を含めた行動は国際的なテロネットワークを根絶するための戦いであってイスラムを標的にするものではないことを繰り返し言明している。自由と民主主義に対する挑戦行為であるテロに断固たる行動をとるのは、「自衛」「防衛」「抑止」であり、武力を伴ってもそれは容認されると私は思う。
今回の事件が起きて初めて、私たちがイスラムについてあまりにも無知なことに気づかされた。イスラム原理主義とは何かも、インドネシアがイスラム人口では世界最大の国家であったり、知らないことばかりだ。NHKの「世紀を越えて」という番組が再放送され「イスラムの潮流」について報道していたようだが、このような番組をメディアはどんどんやるべきだ。そして日本もアメリカへの自衛隊の後方支援をしていくようだがそのときには憲法上の「集団自衛権」の解釈についてよくよく議論されるべきと感じてる。


平成13年9月21日 アメリカ中枢同時テロを考える(2) 星条旗を求めて行列
今日の午前中アメリカのブッシュ大統領は米国の上院・下院議会で国民に向け全世界に向けて演説を行った。約40分の演説だが演説の肝の部分ではたびたび拍手、スタンディングオベイションの嵐。史上稀にみる大接戦だった大統領選挙後、絶大な支持を得るまでに到っていなかったが、今回の同時テロ事件とそれに対するアメリカ政府の冷静、緻密、果敢、的確な危機管理によってブッシュ大統領は真のアメリカ大統領になったと感じた。外交においてはNATO諸国への支持の取り付けにはじまって、ロシア、中国、更にはイスラム諸国、特にアフガニスタンのタリバンの最大の支持国パキスタンへの強烈な外交攻勢は凄まじい。それから経済では再開後に暴落が危惧されたニューヨークの証券市場のために、連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長はいち早く公定歩合を3.5%から3.0%に引き下げるなど何とも素早い。
しかし、私としては、ブッシュ大統領が世界貿易センタービルの崩壊現場で消防士の肩を抱きながらメガホンで皆の勇気と活躍を称えて盛んな拍手を浴びている姿や、イチロウのいるマリナーズの試合前のセレモニーではアメイジング・ブレイズ、God Bless America!、アメリカ国家の斉唱でテロの犠牲者を悼み、負傷者を見舞うために祈る姿には感動を覚えた。街中では星条旗を買い求める人で行列ができる。国家が危機に瀕したときのアメリカの結束力の強さと、人民の国家への帰属意識の強さを再認識させられた。


平成13年9月20日 彼岸の入りにアメリカ中枢同時テロを考える(1)
9月11日夜10時過ぎだった。仕事を終えて食事をしながらNHKのニュース10を見ていたら突然、ニューヨークの世界貿易センターに飛行機が衝突したと報道し映像が入ってきた。そのライブ映像を見ているとまた飛行機がビルに衝突した。録画かと思ったがそうではなかった。その後ペンタゴン(米国防総省)にも旅客機が墜落炎上。ピッツバーグでも旅客機が墜落。次々と入る情報にこれはアメリカの経済、政治、と国の中枢を狙ったテロだと判明。ある人は映画を見ているようだと話していたが、私は同時にオウム真理教信者による地下鉄サリン事件を思い起こした。日本の中枢の霞ヶ関を混乱させようとした無差別テロだった。アメリカのテロはその後の調べが進むにつれてイスラム過激派が関与しているとの疑いが強まった。どちらも宗教が事件の核心に大きく存在している。ある新聞の論説には『文明の衝突』(ハンチントン著)を紹介して、東西冷戦後のいま、それぞれの民族が自らのアイデンティティーを主張し自分の存在を他者に認めさせようとし始めた。西欧対非西欧の対立「そのもっとも激しい対立は、イスラムやアジア社会と西欧の軋轢であり、儒教ーイスラム。コネクションの存在である。」という文章を指摘した。イスラム文明対西欧文明の衝突だと断定することは危険だが、今年になってイスラム原理主義のタリバンは全世界の反対にもかかわらず、偶像崇拝はイスラムの教えに反するとして彼のバーミヤンの貴重な仏教遺跡をこなごなに破壊し尽くてしまったことを私は忘れられない。

平成13年9月17日 魁皇頑張れ!
イチロウ、新庄がバッターとしてメジャーリーグ入りして日本では午前11頃がベイスボール時間になってしまったようだ。夜のプロ野球が本当につまらなくなってしまった。先日、ドーム観戦をしてきた従兄のTさんが日本のプロ野球の演出の陳腐さを嘆いていたがまったくだ。それと共に心配なのが大相撲だ。今場所は大関の魁皇が横綱取りということもあって注目していたが、魁皇は残念ながらプレッシャーに潰されてしまったようだ。それどころかひとり横綱の武蔵丸が前半で三敗してしまうし、他の大関もなんともぱっとしない。琴光喜と朝青龍(モンゴル出身)が頑張っているのがせめてもの救いか。今必要なのはやはり北の湖のような憎らしいくらいの強さを持った横綱の出現だ。体型といい顔つきといい魁皇にはその素質は十分あると思うのだが。あとは気持ちの強さを養うことだけだと思うが。魁皇よ捲土重来を期待している。

平成13年9月12日 台風15号
10日(日)11日(月)その前の日から数えると3日間、台風15号による大雨と強風はひどいものであった。「商人殺すにゃ刃物はいらぬ。3日も雨の降ればよい。」うろ覚えではあるがこんな言葉を聞いたことがあった。お客商売にとって天候はその日の売上に直接響いてくる。今回の台風15号は迷走、超低速、そして強くて大型と3拍子も4拍子も備えた台風だった。まちの中央を流れる荒川の増水状態も近年にないものだ。上流の支流横瀬川が氾濫したり、秩父の浦山では741ミリという記録的豪雨など記録づくめと言っても良かろう。8月には水不足を心配し今度は洪水を心配する。自然の力は計り知れない。


平成13年9月7日 THE 100 BEST SMALL TOWNS IN AMERICA
先日あらかわめっせyorii21でお世話になった滑川町のIさんから電話を戴いた。あらかわめっせの自治大臣賞受賞報告会での多摩大学教授・望月照彦氏の祝辞のなかで紹介された一冊の本についてであった。望月先生が初めて寄居町に来られたのは今から29年程前だった。当時は団塊の世代の青年が故郷に帰ってきて、自らの理想と町の現実とのギャップに悩み、新しい活動に取り組み始めた頃だったそうだ。その後昭和62年のあらかわめっせyorii21のイベントでは荒川をテーマに寄居町の未来について語り合う寄合い会議の名コーディネーターを務めていただいた。私は望月先生の講演を聴く度にその理路整然とした話し振りといつも何かしら私たちに示唆を与えてくださる温かさに感謝している。
表題のTHE 100 BEST SMALL TOWNS IN AMERICAはアメリカの地域研究者がアメリカを代表する100のスモールタウンについて描いた本である。これまではN.YやL.Aやシリコンバレーなど大きな都市が注目されてきたが今はsmall town(community)が注目されているという、コミュニティー単位でまちを考える大きな流れが生まれている。著者たちがbest100を選定する基準には7つあるという。1、環境(自然との共生) 2、教育 3、産業基盤 4、情報ネットワーク 5、健康 6,25から30才半ばくらいの若者が夢を持ってまちのために活動していること 7、気のおけないよき隣人の存在 だという。7番などはアメリカというかなんとも日本的な感じもする。ちなみに一位はエルコ(ネバダ州)二位はエセックス(コネチカット州)古い街並と工芸品、三位はペイジ(アリゾナ州)湖畔の水環境の良いまちだそうだ。どこか私たちを勇気づけてくれる。

平成13年9月3日 日本の官僚型社会の行方
旧大蔵省の官僚のスキャンダル、そして最近の外務省内の次々と明らかになる公金流用・詐欺事件、更には神奈川県警を初めとする警察に於ける様々な不正の報道を聞くにつけ暗澹たる気持ちになる。確かに難関といわれる国家公務員上級試験に合格した優秀な官僚は日本の繁栄に大きな寄与をしてきた。明治維新以降の中央集権型社会において優秀な官吏の果たしてきた役割は計り知れない。しかし最近の官僚の腐敗ぶりを見、今後の日本の進む方向を考えるとこれまでのような官僚の規制型社会構造はその役割を終えたといえる。それよりも自由で自立した個人が公正な競争の中で活躍できる社会に向かうだろう。自由で自立したと言うことは耳ざわりは良いが反面私たち個人にとってとても厳しい。規制が緩和され撤廃されればこれまである意味では規制や法律で保護されていたものが何もなくなる。それこそ弱肉強食社会。貧富の格差も激しくなるだろう。政府の役割はそれこそ国の外交、防衛そして弱者を救済するセイフティーネットの構築などきわめて限定されたものになろう。自分を磨き、家族の絆を強くする必要性がますます増してこよう。


平成13年8月26日 寄居夏期大学開催される。
今年の夏期大学はアニメーション映画監督・高畑勲氏を講師に開催された。参加者は約400人強で最近の夏期大学では最高の入りであった。高畑勲氏といえば宮崎駿監督と共に日本のアニメ映画の二大巨匠である。代表作はテレビアニメでは「アルプスの少女ハイジ」「じゃりン子チエ」映画では「火垂の墓」「おもいでぽろぽろ」「ホーホケキョとなりの山田くん」など多数である。高畑監督は65歳東大仏文を卒業後に東宝動画に入社し若くしてTVアニメ「アルプスの少女ハイジ」の監督を任されその時から宮崎駿氏との共同制作が始まったそうだ。本当に温厚な性格で気さくな方であった。
講演の前半は記録映画「柳川掘割物語」を中心に人間と水との係わり方についての話であった。柳川は有明海に面した低湿地帯で縦横無尽に水路が走るまちである。しかし河川の最下流にあり決して水に恵まれた土地ではなかった。そのような柳川の住民が水とどう関ってきたかをおさえればよいと考えた。この映画は高畑氏本人が言うように単なる記録映画ではなく、まさに科学映画というべき代物であった。その観察眼は緻密かつ繊細である。そして後半はアニメーション映画についての監督の哲学を披瀝されていた。風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタ、となりのトトロまさにアニメの時代を作ってきた作品を次々と世の中に送り出してきた。きらびやかで華やかな話が聞けるのかと思っていたが、高畑監督は幾多の名作で子供たちを幸福にするファンタジーを作ってきたが、ある時期を境にこのような路線を拒否して独自路線を歩み始めたそうだ。「ホーホケキョとなりの山田くん」は興行的には成功しなかったが氏の主張がここに込められているという。監督はアニメ映画の功罪の罪として、子供たちが非現実、空想のアニメの中で充たされてしまうことの危険性やいわゆる「トトロ中毒症」と言われるような映画で自然を体験しているつもりになってしまっている危うさを指摘していた。「人間フィルムの中に生きているのではない。」という言葉は痛烈であった。高畑監督は、常に現実社会から乖離してはいけない。日常世界に帰る事の重さを訴えているように感じた。高畑氏はエンターテインメントに走るアニメ映画界における良識だと感じた次第である。派手さはなかったがしみじみと聞かせる講演であった。


平成13年8月18日 如庵(joan)の開店
この不況の最中に、私たちの若い仲間の武内君、内田君が熊谷市荒川中学近くにお店を開店した。武内君はトラットリア・クッチーナの前のマスターであり、内田君は老舗料理店ひさごのご子息だ。二人で寄居から飛び出して新しい挑戦を始めた。人口15万人強の熊谷市には料飲店の数も寄居町に比較すると非常に多い、そして新陳代謝も激しい土地だ。不況下だからこそ、本物の味と店作りの独創性があればお客様の支持を得る可能性は大だ。二人の挑戦に賛辞を送り成功を祈りたい。


平成13年8月16日 なぜ子供が狙われるのか?
北海道・広尾町での兄弟姉妹3人の殺傷事件、栃木県・黒磯市の女児誘拐事件、兵庫県・尼崎市の児童の死体遺棄事件、それぞれに事件の性格は異なるものの、犠牲者が子供であることがなんともやり切れない。この子達にはどのような未来が開けていたのか、それを大人たちの理不尽な暴力で断ち切られてしまったのだ。包丁で何の抵抗も出来ない子供を刺し殺す。脳内出血を起こすまで子供を殴りつけ、死体はポリ袋に詰めて運河に流す。それでも親か?人間か?まさに鬼畜の仕業としか思えない。どこか世の中狂っている。何とかしなくてはいけない。今こそ子供の命、人間の命の尊さを大人が教えなくては。政治家、教育者、宗教家皆がこの事態を深刻に感じないと日本は危ない。


平成13年8月13日 お盆
今日は8月13日、迎え盆である。それぞれの家庭では提灯を携えてお墓に赴いて先祖の霊をお迎えに行く。お盆はお正月をふるさとで迎えるために帰省するのと合わせて、日本における二大民族移動である。故郷を離れている者にとって自分のルーツを辿る儀式のようなものであろうか。寿司詰列車に揺られ、はたまた高額の航空券を求めても帰りたいものなのだろう。
またこの時期は8月15日の終戦の日を挟んでテレビやラジオでも戦争に懸かる様々な番組が放送される。11日にはアニメ映画「火垂の墓」が放映され、今日のNHKの特別番組では、作家城山三郎氏の「特攻」についての番組があった。終戦の詔勅の5時間後に出陣して沖縄近郊の島の岩場に激突して亡くなった、中都留大尉の行動を辿ったものであった。太平洋戦争終結から56年の経った今日、戦争の経験のある方々は高齢化し、次第に戦争の記憶は薄れていく。一部の軍部の暴走が戦争へと導いたと教えられてきたが、その背景にはまだまだ知られていない様々な要因が存在しているに違いない。東京裁判だけでなくいろいろな角度からの考察が行われなくてはいけないと感じている。


平成13年8月9日 靖国参拝
小泉首相の8月5日終戦の日の靖国神社参拝が内外で議論の渦を巻き起こしている。私はこの件について小泉首相が『日本国のために戦禍に倒れた先人に哀悼の真をささげ、二度と戦争を起こさないという平和の誓いをする。』という気持ちから靖国参拝をすることに賛成である。様々な人がマスコミを通じていろいろな話をしているが、私には8月6日産経朝刊の石原慎太郎氏の「靖国を思う」とういコラムがとても分かりやすかった。石原氏がずっと靖国参拝をしていることやそのタカ派的言動を差し引いても、なるほどと肯かせるものがあった。論点を大きく二つに整理している。一つは合祀されたA級戦犯の靖国における資格の問題、ひいてはあの東京裁判の合法性について。一つは信教の自由と政教分離をうたっている憲法との兼ね合い。この二点について極東軍事裁判(東京裁判)の問題を指摘し、中国、朝鮮の人たちの反発は歴史を遡行しての反発であって歴史の重層性を無視したものと論破している。また日本人にとっての神道の意味合いを日本に普遍しているアニミズムこそがその本質であると分析し、日本の風土と合い間って日本独特の融通無碍な価値観を生み出してきた。そしてこの国の文明と文化の発展に大いに寄与してきたと主張している。それゆえに靖国の性格を宗教でしかないというのはちがうと主張するのである。結論として「総理の靖国参拝は、トインビーが奇跡ともいった日本という近代国家建設の歴史的功績への子孫としての真摯な答礼に他ならない。それによる、功罪含めた自らの歴史への自主的な認識を、いかなる他国他民族も損なう権利などありはしない。」と論じている。私は賛成だが皆さんはどう感じますか?


平成13年8月7日 十把ひとからげ
先に、兵庫県明石市で花火大会の祭に、歩道橋に見物客が殺到して、折り重なるように倒れた子供や老人が11人ほど亡くなった痛ましい事故があった。その事故の翌日、ニュースでは髪を紅く染めた若者が歩道橋の上の人ごみの中で暴れていたという話が伝えられた。またもや若者の暴走が事故の原因だったのかと皆が感じた。ところがその後の警察の調べで、このニュースは全く事実無根で、若者たちは倒れていた子供やお年寄りを介抱していたと言う。それは責任を追及されることを恐れた警備会社がでっち上げたことだった事が判明した。何ということだ!確かに茶髪でパンツをお尻の下のほうまで下げた若者にはすぐに切れたり、年上のものを年長者と敬うようなものは少ないのも事実だろう。しかし先入観で人を判断することほど恐ろしいことはない。今回などは、警備会社や行政の責任の擦り合い、大人社会の汚さが浮かび上がった事件であったと思う。大人こそわが身を清くせよ!


平成13年8月5日 水天宮祭
かつて8月5日に開催されていた水天宮祭も5日に近い土曜日の開催に変更された。今年は8月4日の開催であった。水天宮の名の通りどんなに晴天の猛暑の日が続いても、お祭りの日には夕立が来たり雨が降ることがよくあった。今年も朝方は暗い雲に覆われていつ雨が降り出すのかと心配していたがとうとう降らず終いだった。今年は7月が記録的な猛暑続きであっただけに水天宮に雨を連れてきて欲しかった。残念。私は自宅前の道路傍から見物していた。心地よい風に吹かれながら観ていたが、花火打ち上げのスピードがゆっくりだったためか、どこか間延びしてしまった。天候の心配がなかったためにゆっくり揚げていたようだがやはり2時間くらいで完了した方が緊張感があってよいかなと感じた。

平成13年8月3日 外務省はどうなってるの?
外務省といえば大蔵省と並ぶ官僚中の官僚の府である。小渕・小沢の省庁再編によって大蔵省は財務省となり確かにかつての威光は消えた。そこで残るは外務省である。真に政治主導で国家を動かしていくときに官僚の最後の砦は外務省だったに違いない。しかし外交機密費の詐欺事件をはじめ腐敗した体質を露呈し始めた。そこで田中真紀子外相は外務省改革に大鉈を振るうつもりでいる。ところが田中外相の好悪の感情丸出しのやり方や小泉首相の指示をも拒否しようとする姿勢は、自らが国民から指示されているという驕りに他ならない。マスコミでさえ内閣誕生時には内閣の2大看板として田中氏を持ち上げて来たが、現在はその流れは全く変わってきた。私の先輩は、政治家は仁と徳を備えていなければいけないと主張されていたが全く同感である。今何が日本にとって重要なのか、国民は何を求めているのか。このことを知ろうとしない政治家はただの『裸の王様』でしかない。


平成13年8月2日 景気の行方
4〜6月の電機各社の決算が発表されたが、予想をはるかに上回る厳しさである。ITの担い手である各企業、富士通は赤字に、NECも僅か数億円の黒字、これまで赤字を記録したことのない松下電器産業も赤字に陥り初めて創始者松下幸之助の遺訓を捨てて希望退職者の募集に踏み切るという。これまでの景気の牽引役の産業の退潮が明確になっただけにその厳しさは推し量られよう。
小泉首相の改革路線は痛みを伴うといわれているが、構造改革による経済の再構築と景気対策のアンビバレントな目標をどのように達成していくのか眼が離せない。私などの食品製造業でさえ商品価格の安値安定と、消費の伸び悩みは本当に厳しいものがある。小泉改革の具体的スケジュールの一日も早い明示が希求されている。


平成13年7月30日 参議院選挙自民の勝利
第19回参議院選挙は小泉自民党の勝利で終わった。先の東京都都議選に続いて都市部でも自民党が盛り返した。選挙前から凡その予想がされていて市場は特に反応していないと言う。聖域なき改革を唱える小泉首相の構造改革が具体的にどのように着手されるのかを注目したい。
最近問題になっているのが、日本の新しい歴史教科書(扶桑社)に対して中国と韓国から再修正の要求が出されていること、小泉首相の8月15日の終戦記念日に靖国神社を参拝することへの中止要求・・・どうしてこうもいつも近隣諸国との間で摩擦が起きるのか。歴史とは先の大戦を挟んだ時期だけではないはずだ。聖徳太子の頃から朝鮮半島とも中国とも一千数百年の交流があった。文化、仏教、技術様々なものが大陸から伝播してきた。歴史とはもっともっと長いスパンと大きな見地から見なければいけないと考える。太平洋戦争を大東亜戦争と呼ぶだけでその人を皇国史観にたった右翼だと呼ぶ人は、その人こそ戦後民主主義というある意味では一面的な偏った思想観に支配されているとも言える。日本人としての主体性をもって毅然と近隣諸国とも付き合ってもらいたいものだ。


平成13年7月22日 祇園祭
7月21日、22日は岩崎の夏祭りでした。私たちの地域では夏祭りを御祇園(おぎょん)と呼んでいる。つい何年か前までは7月19、20日と決まっていたが最近はこの日どりに近い土日になった。理由はお祭りを運営する側も、参加して神輿を担ぐ人もサラリーマンの方が多く、土日にしないと実施できないと判断してのことだ。かつて地区の商店が隆盛だった頃には、商店主が祭りの中心的な担い手であった、ところが商店街の衰退と共に現在のような形に変化してきた。どちらが良いという問題ではないが、これからは地域でのお祭りの継続は大変に難しくなってきているのは事実だ。
私もほとんど毎年神輿をかついでいるが、祭りにはどこか非日常の愉しさ、胸躍るものがある。ついお酒を飲みすぎてしまう。気をつけなくては。

平成13年7月20日 NHKのプロジェクトX
7月18日の夕刊フジがNHKの人気番組プロジェクトXに事実歪曲があると記事にした。これに対してNHK側も事実無根と抗議している模様だ。この番組は私も気に入っている番組の一つである。薬師寺金堂の再建を推進した西岡常一棟梁を中心としたプロジェクト、史上最大の債権回収作戦となった、豊田商事事件の中坊公平弁護士たちのプロジェクト、などたくさんの感動的なものがあった。日本人が日本人であることにややもすると自信を失いつつある昨今、戦後日本を焦土から先進国の一員にまで押し上げてきた先人たちの功績をたどる事は日本人と言うものを見直す良いチャンスである。司馬遼太郎が坂本竜馬や明治の元勲たちを採りあげて小説にしてきたのもやはり素晴らしき日本人への誇りと、自信の回復の意義が大きかったと思う。NHKもただ人気番組だからと神経質になるのでなく、この番組の本来の目的に立ち返り、もう少しゆったりとしたペースで番組作りをしたらどうかと思うのである。


平成13年7月17日 研究者の良識は何処へ
埼玉県の秩父郡で小鹿坂遺跡が原人の建物の跡地だとして注目された。しかし、その遺跡の発掘にかかわった民間研究者が他の遺跡の発掘にあたり、捏造していたと発表したため、俄かに小鹿坂遺跡の信憑性にも疑問が抱かれ再調査することになった。しかしここで疑問なのは、法律的にはこの研究者に事実をつまびらかにする義務はないのかもしれない、しかしこれまで旧石器時代の遺跡発掘に『神の手をもつ男』として大きな影響力を持っていたのであるから、捏造の事実が発覚されたからには、どこの調査で捏造を行ったのかは自主的に正直に話すことがせめてもの良心というものだろう。今度の問題は科学的に調査することの必要性と、地域の住民もまちづくりに当たってはその適正を慎重に吟味する態度が必要だと強く感じた。


平成13年7月14日 柳川掘割物語
柳川掘割物語は高畑勲監督、宮崎駿制作の自主制作記録映画である。日本列島改造論渦巻く、日本の高度経済成長時代に汚染が進み、人々の生活から乖離されつつあった柳川の掘割、6キロメートル四方になんと総延長470km(我が故郷の荒川170kmのなんと3倍近くもある)もあった掘割をコンクリート張りにし蓋をしようという計画に、待ったをかけ掘割の再生に取り組んだ一人の行政マン広松伝氏にスポットをあてた記録映画である。記録映画とは言いながら掘割の歴史的な分析、人々の生活との関わり、科学的な位置付けなど半端なものではない。そして「行政と住民との連携」「自然を生かし共に生きる」「行動的なリーダーの重要性」いろいろな課題解決の実例としても貴重である。いま、スタジオ・ジブリ、高畑勲監督、宮崎駿監督と言えばアニメーション映画監督として有名だが、彼らの思想的なルーツを示すものとしても注目されるべき映画である。この夏の寄居夏期大学に高畑勲監督が講師としてお話をして頂くことになった。是非皆様のご参加をお願いしたい。今回の講演会の実現に大変にご苦労戴いた劇団『お伽座』の関本三芳さんには心からお礼申し上げたい。(寄居夏期大学:とき8月26日日曜午後1:00、ところよりい会館2階)


平成13年7月12日 梅雨が明けました。
例年よりも9日も早い梅雨明けだそうです。今日は早速熊谷市で38度を超えたそうです。昔、気温を摂氏でなくて華氏で表していた頃、いまの摂氏33度は華氏の100度だったと聞きます。死人が出たそうです。地球温暖化を身にしみて感じるこの頃です。さて今日は参議院選挙の告示日でした。小泉改革内閣が信任されるのか、はたまたやっぱり人気だけではやっていけないのか?21世紀にはいって最初の国政選挙だけに注目されるところだ。森内閣が一桁の支持率だったのに比較すれば小泉内閣はその10倍の支持率を記録している。看板がかわっただけでこの違いは何なのだろう。なんとも不思議だ。私見ではあるが郵政3事業の民営化も道路特別会計の一般財源化も良かろう。しかしこの国をどのようににするのだという明確なビジョンを示した上で、そのために郵政民営化、特殊法人の廃止など様々な施策をかくのごとく位置付ける。という小泉首相の「構造改革」のポリシーがどうも見えてこないのが残念だ。国会のクエスチョンタイムでも小沢一郎自由党党首の質問にもう少し正面から答えて欲しいものだ。


平成12年12月8日『秩父郡下商工会青年部交歓会』
7日に行われた会合に『寄居町のまちづくりと青年部活動』についての話をさせてもらいました。秩父郡下には大滝村、荒川村、西秩父(小鹿野・両神)、皆野、東秩父村、長瀞町が入っています。毎年交代で幹事になって実施しているそうです。秩父はひとつの言葉通り何かいい雰囲気の連帯感が感じられてとても楽しい会合でした。講演するのに当たって昔からの青年部の活動を調べていたら何か当時のことが新鮮に蘇ってきました。昭和62年の連続シンポジウム『よみがえれ!寄居の商業』『目指せ、儲かる商店街づくり』そして『やるッ気祭り』・・・振り返ると昭和60年ごろに寄居町にはさまざまな運動が起きているんですね。昭和60年風布川・日本水の名水百選指定、昭和61年7月5日よりいふるさと懇話会発足、昭和62年よりい夢ッ子祭りのNHK放映、あらかわめっせYorii21設立・・・望月照彦氏の『ビジネスファイターの戦略発想』を読み返してみて神田氏や柴崎氏の当時からの熱い情熱を痛感させられた。私たちも見習わねばいけないね。・・・そうそう『六斎市』についても説明してきました。埼玉のヒマラヤ・大滝村の部長はITこそ大滝の将来を保障するものだと熱く語っていました。



平成12年9月28日『様々な感動のオリンピック』
配達で用土から櫛引方面の畑道を通ると彼岸花(曼珠沙華)が盛んに咲き乱れ季節は確実に秋を迎えようとしている。オリンピック中継があまりにも長時間にわたるのでNHKに苦情が入ったと聞いたが、やっぱり観ていると感動してしまう。日本選手の活躍で言えばサッカーの決勝トーナメント進出、水泳の女子選手のそこそこの活躍、などがあるが、私の好みで云えばやはり、柔道と女子マラソンだろう。田村の執念の金メダル、さむらい野村忠宏の連覇、天才瀧本の無欲の金、かみそり井上康生の金など柔道選手はお家芸といわれているだけに精神的な重圧は並大抵ではなかったと思う。それから女子マラソンの高橋尚子の陸上女子初の金メダルはやっぱりすごい。42.195qを2時間23分強で走りぬく間にどれくらいのストーリーがあるのか計り知れない。マラソンランナーはやはり走る哲学者だなあ。残すところ3日日本人の活躍を楽しみにしている。
平成12年9月15日『シドニーオリンピックの開幕』
昨日の日本対南アフリカのサッカーの試合には興奮しました。2対1で勝利し幸先の良いスタートとなりました。まさに日本中が熱狂した一夜でした。先日のテレビでは陸上100メートル世界最速の男たちの所属するアメリカのHSIという陸上集団と、男子マラソンのケニヤチームのトレーニングの姿が特集されていました。そこには100メートルの世界記録更新のためにこれまでは考えられなかった腹筋の奥の奥にある深層筋を鍛えるという考え方、またマラソンでは高地トレーニングによって筋肉細胞の中のミトコンドリアを増やし疲れのもと乳酸をエネルギーに変える酵素の増殖など科学に裏打ちされたスポーツの最先端の事情が紹介されていました。気合で勝つという日本的考え方が古いのは承知していてもここまでスポーツ科学が進歩しているのには驚かされます。でも私はやっぱり精神的な強さが勝敗を分けるようなスポーツに惹かれます。田村亮子、井上康生、篠原信一がんばれ!!!
平成12年9月11日『寄居夏期大学』
昨日10日寄居の夏の風物詩・寄居夏期大学が中央公民館で開催されました。今回は『生きているってシアワセ!』をテーマに加須市在住で全国骨髄バンク推進連絡協議会副会長の大谷貴子さんに講演いただきました。大谷さんは26歳のときに白血病を発病し、まさに正と死の狭間で母親からの骨髄移植のおかげで生還されました。39歳という若さながら全国を行脚しながら骨髄バンクの設立を実現し、一人でも多くの白血病患者を救済しようと活動いている姿は本当に素晴らしい。自分のことすら思ってもなかなか行動できないのに、凄まじいとさえ評したくなります。いじめを苦にして自殺する少年、他人の命を軽々と奪ってしまう少年、大谷さんは抗がん剤の副作用で子供が産めない体になってしまいながらも多くの少年少女の心のケア―にも力を注いでいます。私も何かできることを見出さねば・・・と強く思いました。

平成12年7月14日『千年の釘』
昨夜のNHKのスペシャル番組だったのだろうか、たまたまTVのスイッチを入れたら奈良・薬師寺の大講堂の建立の話をやっていました。主人公は齢65歳の鍛冶職人である。白鷹氏は包丁を打つ鍛冶職人だが40歳代で今世紀最後の宮大工の棟梁西岡常一氏のすすめで千年もつという釘を打つことになったそうだ。しかし釘の完成までには大変な苦労があって10年の歳月を費やしたそうだ。硬すぎては途中で釘が折れてしまう。柔らかすぎては金槌で打ちながら釘が曲がってしまうという。鉄に含まれる炭素の含有量が1%だと硬すぎるし0%の純鉄は柔らかすぎる、何回もの試行錯誤から0.85%の含有量が最適と分かったそうだ。四角い釘も単純な四角錐ではなく途中に僅かなふくらみがあったりして複雑である。偶然ではなく木と釘とをしっかりと密着させるように理に適っているそうだ。古代の鍛冶職人の心意気が感じられる。そんな釘も一本八百円だそうだ。とてもこれだけ打っていても生計は立てられない。しかし千年後の人が平成の鍛冶職人にもなかなかやるものだと感じてもらえればよいのだそうだ。職人の心意気を痛感した。


平成12年6月12日『天然のにがりを探すのは大変』
うまい豆腐を造るのにはいくつかの要素が必要になってきます。いい大豆、美味しいお水、にがり(凝固剤)それに確かな技術です。いい大豆に関しては最近の遺伝子組換え大豆の問題もありますが日本国産のものでは組換えを行っていないので問題ありません(ところが最近は国産にも遺伝子組換えのうわさが出ている)。次に美味しいお水は日本のように生で豆腐を食べる国では特に大切です。中国は水があまり良くないので麻婆豆腐のように火を使った料理が多いわけです。次がにがりです。にがりはタンパク質を凝固させる食品添加物で主な成分は塩化マグネシウムです。このにがりにもいろいろあります。化学的に合成したものから天然のものまでいろいろあります。どれが良いかと言えばやっぱり天然のものに優るものはありません。しかしにがりは塩を作るときの副産物ですから古来の方法で海水から天然塩を作っているところでしか天然のにがりはとれないのです。当店では寄せ豆腐には伊豆大島産の海精にがりを使用していますが需給が逼迫して入手が難しくなってきました。そこでいろいろな伝手を頼って長崎のほうから入手できるようになりまいた。完全な天日塩を作っているところなのでミネラル分や有機質を豊かに含んだにがりです。栄養的にもよいものができるものと楽しみにしています。


平成12年6月5日『総選挙間近』
6月2日に衆議院が解散しました。いよいよ選挙が本格的に始動しました。先日、先輩にお会いして話をしていたところ、政治家の資質には三つあるといわれました。「センス」「バランス感覚」「アイデンティティー」だそうです。なるほどと納得しました。もうひとつ印象的だったのは素晴らしい政治家は地域の宝物というお話です。地域の宝物=地域の資源には特産品とか、山紫水明の自然環境だったりいろいろありますが、政治家も同じだというのです。心から郷土の宝物といえる人、誇りを持って私たちの代表だと呼べる人を選ぼうではありませんか。話は変わりますがメディアに載ってる各政党の広報を見ると面白いですね。特に自由党のものは面白かったな。小沢一郎のこわもてのイメージを逆手に取った点や「日本一新」の言葉といいセンスありますね。読売新聞によれば共産党以外は「電通」「博報堂」の広告代理店が制作に携わっているといいます。フム。

平成12年5月8日『本物のリズムアンドブルースを』
昨日、六斎市戸板市の企画会議が行われました。5月14日当日にはDr.Toriがキーボードの岡田さんとギターの梁さんの3人でライブを行うことになりました。2時と4時の2ステージです。最近、宇多田ひかるや小柳ゆきやMisiaなどの音楽が若者に受けています。あの近田はるおが宇多田ひかるが登場したことがスピードを初めとした多くのミュージシャンに「終わらせる」という状況をつくり出したと評価しているように彼女の歌声と音楽には魅力があると思います。でもそれがリズムアンドブルースが流行っているというのとは違うような気がします。多分14日のDr.Toriのライブを聞けば本当のリズムアンドブルース、ソウル、ブルースの真髄にふれることができると思います。今はやりのヒップホップやダンスミュージックとは違って泥臭くヘビーな黒人音楽のルーツを垣間見ることと期待しています。

平成12年5月7日『春爛漫、お花満開』
ゴールデンウィークが終わろうとしています。各地で様々なイベントが催されたようです。私が仕事をしながら気づいたことですがここ2,3年花にちなんだイベントが盛んになっています。「花園フラワーショウ」「花園芍薬園」「美里ポピーまつり」「男衾れんげそう花祭り」ちょっと名前をあげてもこんなにあります。安・近・短の旅行、園芸ブームもあってかどこも上々の人出のようです。花園町は名前の如く、また植木屋さんの町らしく本当に上手に人を集めています。それと同時に野菜、植木・園芸品の直売そして軽い食事がとれるお店の繁盛たるや目を見張るものがあります。ちょっと研究に価すると思います。是非一度となり町も訪れてみませんか。

平成12年5月5日『新しいお店の予感』
六斎市の掲示板にもありましたが、大谷商店の仮店舗はとっても面白い存在になりそうです。単なるレトロな雰囲気という以上の何かを感じさせます。店主の言うように店が変わると売れるものが変わるというのも興味深いし、寄居町の商店街の新しい未来を示唆しているようですね。各町でひとつでよいからこのようなお店があればずいぶんと町も変わりそうな気がします。中町の岩田さんの蔦の生い茂る蔵など雰囲気のある建築物もまだまだ残っています。いまだから、今こそ先祖の遺産をうまく生かそうではありませんか。

平成12年4月27日『宗教家はもっとものを言うべき』
21世紀をリードする最先端技術はITとバイオだといわれています。先日見たNHKテレビで『人体改造時代の衝撃』という番組がありました。生命科学の最先端が紹介されていましたが、ここまできているのかという思いとそこまでやってよいのかという両極端の考えとが沸きあがってきました。スペア―の臓器をつくる、或いは人クローンの問題などを聞くにつけ、なぜに宗教家が人間の生と死の捉えかたについてあまりにも意見を言わないのかいぶかりたくなります。アメリカでは民間の企業によってヒトゲノム(人間の遺伝子情報)の30億のほとんどが解読されつつあるという。純粋に医療行為に使われるだけでなく様々な利用は多くの問題を人類に投げかけています。作家の五木寛之氏が脳死移植について「移植医療が遅れても今こそ人間の生死について議論すべき時」と力説していたことを思い出す。21世紀になろうと人間は人間に変わりないが取り巻く環境は激変しているだろう。人を人たらしめている心のあり様が問い直される。

平成12年4月17日『あらかわめっせyorii21』4月定例会
今月は建築士の小林一元氏の紹介で(有)街並工学研究所・代表上川勇治氏を講師にお招きしました。上川氏は商家の生まれであるが、大学の建築家を卒業後都市計画の仕事に携わり、20年間東急不動産、三井不動産等の大手の都市計画を続けてきました。そして6,7年くらい前から民間の開発から市民参加のまちづくりに移行してきたそうです。これまでに上越市寺町地区まちづくり計画や本庄市中仙道まちづくりなどたくさんのまちづくり計画に携わってこられました。『まちづくりは運動である。運動している実態を市民に理解し、支援してもらわなければいけない。』感じるところ多くがありました。寄居のまちづくりについては都市の骨格を見たときに東西の軸はあるが南北軸が欠けているとの指摘、そして山道にアスファルトでない土や砂利の歩ける道がもっと欲しいとのことでした。なるほど。

平成12年4月17日『半僧坊のお祭り』
私の家の菩提寺は桜沢の龍源寺である。毎年4月17日が大祭の日にあたります。半僧坊は諸願成就の守護神として崇敬されてきましたが、龍源寺においても5年位前から盛大にお祭りを執り行っております。十二支巡りを初めに寄居町の各お寺が特徴を出そうと努力しています。因みに縁起が記してありましたので転記いたします。
[龍源寺半僧坊縁起]
本殿は遠州浜松在、奥山方廣寺(臨済宗本山)の開山無文元禅寺師に随侍し法力の奥義、念力の秘法を会得した半僧半俗の侍者である半僧坊大権現を奉祀したものである。其の法力念力は霊妙摩訶不思議な神通力を持ち、開創以来幾多の霊験を現じ諸願成就の守護神として広く人々から崇敬せられている。本坊は明治三年に分祠されたものである。

平成12年4月14日『出会いのマティーニ・別れのギムレット』
天沼どうりに昨年の年末にカクテルバー・ハイドライトがオープンして半年くらいになります。友人のS君に紹介されて二度ほど行きました。なかなか繁盛しているとのことです。2,3日前にたまたまラジオでカクテルのお話をしていたので耳をそばだてているとしゃれた文句に出会いました。出会いのマティーニ・別れのギムレット・・・マティーニはジンとベルモット(?)をあわせてオリーブの実を添えたもの、ギムレットはジンにライム(フレッシュorジュース)をあわせたもの。それがなぜに『出会い・・』『わかれ・・』なのか、それはこれらのカクテルととても深い関係のある映画や物語に由来しているらしい。007シリーズでジェームズボンドが注文したマティーニをシェイクで・・・、映画『カサブランカ』のAs Time Goes Byを聞きながらギムレットをのむハンフリーボガート、やはりハードボイルド小説の古典レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」の中で探偵フィリップ・マーロウのギムレット・・・、カクテルは組み合わせの妙だといっていましたが、こんな物語のあるお酒は素晴らしいです。「物語のある町」「物語のあるお店」そして「物語のあるしろもの」こんな風なら素敵ですね。今日はちょっと気取ってみました。

平成12年4月10日『ああ、無念』
小渕前首相が緊急入院してから森内閣の発足と国政の一週間は目まぐるしかった。政治に空白はつくってはならないのはよく分かる。しかし一国の首相が病に倒れ新しい首相が決まるのはよいが、小渕氏はその病状はどうなのか、ろくな報道もされないのは如何なものか。私の記憶が間違っていなければ小渕前首相は坂本竜馬の大のファンであったと話していた。明治維新、太平洋戦争の終結、に続く第三の大きな変革が今日本で起こっていると話していた小渕氏にとって、日本再生に取り組んでいる最中に倒れたことは本当に無念であったろう。竜馬の死後日本が大きな回天をしたことを思い起こせば、小渕さんも早く回復して政界を見守って欲しいものだ。

平成12年4月3日『危機管理』
有珠山の噴火については、実際の噴火前に住民を避難させることができた初めての例だそうです。日ごろからハザードマップをつくり噴火の時にはどう行動するかが徹底していたからでしょう。まさにこれまでは危機管理がうまくいっていると言えます。さらに噴火災害が拡大しないことを祈るばかりです。それともうひとつは小渕総理大臣の緊急入院から脳梗塞、意識レベルは昏睡状態であるという記者会見への流れである。事実報告の遅れなど少々不手際が目立った。自由党の小沢党首を嫌うマスコミや自民党の一部の人間は連立離脱をかざして政策合意の実現を迫る小沢氏を首相入院の一番の原因だと決めつけているようだ。しかし小沢氏が会見したように『首相は私も小沢君と同じ思いだが、自民党は大きな組織だからそんなに早急に実現するのは難しい。と話していた。』これは事実だと私は推測する。権力への執着、議員身分への執着そんなものよりも国家、国民の21世紀のために何をなすべきかを一番深刻に考えているのは小沢氏のように思えてならない。あなたはどう思いますか?小渕首相のご快癒を心からお祈りしたい

平成12年4月3日『桃の節句』
寄居町では桃の節句は、月遅れの4月3日に行われます。丁度桃の花が咲きそろった時期です。今日は女房から『うれしいひな祭り』の唄を聞きました。(灯りをつけましょぼんぼりに、お花を上げましょももの花。五人囃子の笛太鼓今日は楽しいひな祭り。お内裏さまとお雛さま、二人並んですまし顔。少し白酒召されたか紅いお顔の右大臣。金の屏風に映る灯をかすかに揺する春の風。お嫁にいらした姉様によく似た官女の白い顔。)こんな唄も歌い継ぎたいものです。寄居近在では桃の節句には「いなり寿司」を作ってお祝いをしています。皆様も是非お祝いをしてやってくださいね。

平成12年3月29日『自然の大きさ』
今日のニュースはほとんどが北海道の有珠山の火山性地震についてのものでした。山麓に突如出来上がった溶岩ドームの昭和新山は私たちの記憶にもかすかに残っています。30年周期で噴火を繰り返しているそうですからまさに活火山の典型なのでしょう。このような自然のいとなみの凄まじさを目の当たりにすると人間の存在のなんともちっぽけさを思い知らされます。近代の西洋的な自然を征服するという考え方ではこれからの地球環境問題には有効な解決策は見出せないと思います。もっと人間も自然の一部なのだという認識がされなくてはなりません。私たちの住む寄居町は自然災害も少なく安全な土地柄です。しかし活断層も確認されていますから悠長に構えてもいられませんね。

平成12年3月28日『40代の世界の指導者』
半世紀にわたる台湾の国民党支配を打ち破って新しい総統に当選した陳水扁氏は49歳、貧しい境遇から刻苦勉励、台湾の最高学府に入学、在学中に弁護士資格を取得した人物である。金権腐敗や内部分裂の国民党に不満をもつ国民、そこに陳氏を名指しで批判する中国の強権的姿勢が追い風になっての陳水扁の勝利であったそうだ。それにエリツィンの後のロシア新大統領に当選したウラジーミル・プーチンは47歳である。KGBの出身でピヨートル大帝とKGB出身の共産党書記長アンドロポフを“心の師”と仰ぐプーチンは強い祖国の建設を標榜しているそうだ。ともあれ二人とも40代の後半で一国のトップに登りつめた。日本において大きな時代の変革期となった明治維新も20代30代の若者が中心であったことを思い浮かべると、今日の私たちは寿命が延びたとは言え、親や先祖の遺産に甘えてぬるま湯に漬かってしまっているのだろうか?気概を持たなくちゃ!

平成12年3月24日『なつかしさ』
先日テレビで行列のできる繁盛してる食べ物屋さんの特集がありました。そのときに繁盛店に共通する点は「なつかしさ」だというのです。西新宿のラーメン屋さんの建ち並ぶ地域でいつも行列の絶えない店、そこは「さんま」を使ってだしをとっていると言います。其の味はなんともなつかしい味だというのです。またあるお店は学校給食をメニュウにして大賑わい、アルマイトの器に先割れスプーン、コッペパン、揚げパン、ソフト麺とまさに昔なつかしい給食そのものなのです。私も豆腐造りに「なつかしさ」を加えてみよう。明日からは・・

平成12年3月23日『町長とカツ丼を食べる会』
商工会青年部が開催するこの集まりも今回で10回を数えます。津久井町長とカツ丼を食べながら、膝突き合わせて寄居町の様々な課題を議論しようという趣旨で始まりました。今回は市町村合併をテーマに議論をしました。埼玉県では浦和、大宮、与野の合併が様々な問題を抱えながらも着実に進んでいます。そこで県北地域はどうなのか、寄居町は花園、川本の3町の合併で進んでいくのか?行財政の効率化が緊急の問題ななり、また地方分権を進めようとしている現在、合併問題は避けてとおれないものです。50万以下の都市は生き残れないとも言われています、個人的には大里郡市の大同合併を積極的に推進して欲しいと望んでいます。

平成12年3月22日「玉淀の櫻」
先日商工会の青年部では市街地美化運動・花飾りを実施しました。街路灯に季節を象徴する花の造花を飾り付けて街の賑わいと美観づくりを行うものです。いろいろな問題点を含んでいますが、青年部活動の重要な資金になっているため継続されています。他に何か良い企画がないか検討を重ねてきたものの結論に至っていません。皆さんのご提案を期待しています。さて寄居町の玉淀の櫻はかつては大変見事で近郷から観光に多くの人が集まったものです。松本薬局、中島半兵衛商店の御祖父様たちが大変な努力を重ねてできた桜並木は荒川の清流とともに魅力に溢れていました。しかしソメイヨシノは寿命が短いので櫻にもかつての美しさはありません。寄居町が観光を重要視するなら櫻を植え替えたり、種類を山桜系に変えるなどしていかねばなりません。名勝玉淀の復活をさせたいものです。

平成12年(2000年)3月21日『あなたはテレビ派?ラジオは?』
最近の私の情報源のひとつがラジオです。大正14年3月22日に愛宕山の放送局からJOAKの声でラジオ放送が始まって75年になるそうです。テレビが登場するまでラジオはニュースも娯楽も全てでトップランナーでした。仕事をしている人にとっては仕事の手を休めることなく、また好きな内容だけを意識して取捨選択できる利点もあります。テレビが視聴覚両面で情報を伝える事にはラジオはかなわないけれど、受け手の自由を束縛しないこと、想像力を涵養してくれる点などラジオの長所は捨てがたいものがあります。それにつけても情報の受け手の自分を磨かないといけませんね。

2000年3月20日平成12年3月20日春分の日『お彼岸』
寒さ暑さも彼岸までといいます。日の出の時間もだいぶ早くなってきました。寒さで床から出られない冬から春眠暁を覚えずの時節です。お彼岸で皆様はお墓参りに出かけましたか。『彼岸』とは辞書によると仏教で煩悩を脱して悟りの境地に達することだそうです。私はまだまだ本当に生臭くてとてもそのような悟りの境地にはほど遠い人間ですが、「今私があるのは、ご先祖の皆さんのおかげです。」との思いはいつも抱いています。お彼岸や、お盆の頃にはそんな思いを強く感じています。仏様にお線香を上げましょう。

2000年3月16日 平成12年3月16日『物日について』
3月14日のWhiteDay、その一月前のバレンタインデイ、これまさにお菓子業界がつくった最高の物日ではないでしょうか。今でこそ豆腐でも油揚げでもスーパーマーケットで一年を通じて平均して売れていますが、私が幼少の頃それ以前は豆腐も油揚げも物日でもないと食べなかったそうです。そのために昔はいろいろな物日にちなんではお客様に買っていただく努力をしてきました。一月では「初午」「恵比寿講」二月の「節分」三月には「桃の節句」「春の彼岸」まだまだたくさんあります。私たちが復活させた四九・六斎市も「物日」の発想と共通する点があると思います。だんだんすたれいく物日ですが忘れられないように伝えてゆきます。これも日本の文化なのだから。

2000年3月10日 平成12年3月10日『空店舗の活用。』
東京都の戸越銀座商店街では、空店舗の活用にユニークな方法をとっている。これまでは新しいお店を誘致したりして、そこで何かものを売ろうとしてきた。発想を転換して『お休み処』にしてしまったという。Y.Y Shopの発想と共通するところがあります。戸越ではここにパソコンを設置して自由にインターネットを使って商店街を紹介したりしている。それと同時に戸越ブランドの商品作りを行っている。例えば戸越目覚し時計、発売元「・・・時計店』といった具合である。寄居にも是非とも応用してみたいものだ。『エコステーション』『お休みどころ』何とか生活者の皆さんの目を惹きつけたいものだ。

2000年3月6日 平成12年3月6日『水不足』
季節は確実に春に近づいてきています。ところが最近2ヶ月ほどは雨らしい雨がほとんど降りません。水は命の源ですし、私の商売にとっては『豆腐』の良し悪しを決める大変重要な要素の一つなのです。昔から日本人は『水と安全』は只だという意識があるが改めなくてはけない。ところで3/16日号のサライに『名水伝説の里を歩く』という特集が組まれていて、日本水が日本武尊の清水として紹介されているので一読されることをお奨めします。中間平緑地公園の整備が進むと日本の里はこれまで以上に注目されることでしょう

2000年2月24日
平成12年2月24日リーダーシップ
東京都の石原知事の行動力は目を見張るものがある。外形標準課税の導入、ロードプライシングの導入計画、さらにジーゼル車の排気ガス規制など国が検討はしているものの遅々として進まない問題を果敢に実行に移している。これこそ政治家に期待されている行動力であり、センスというものだろう。寄居町の市街地活性化、再開発についても同じだろう。検討の時期はもうとうに過ぎているのではないだろうか。トップリーダーの決断を望む。そして町民からも自分たちのできることから始める行動力も必要だと思います。
2000年2月21日
平成12年2月21日原人の生活跡の発見
秩父で日本で最古の原人の生活の跡が発見された。これまでのものより40万年も前の50万年前と推定されるそうだ。狩猟生活をしていた原人が移動のために建てた簡易な建物の柱の跡が石器とともに発見されたという。学術的に大変な発見だという。今後の彩の国の大きな地域資源になると土屋知事が会見していた。こんなニュースを聞くと考えてしまう、50万年前と現在の人間のどちらが幸せだろうか?人間のあらゆる欲求を満たすものが揃っている現代ではあるが、はたして本当に『幸せ』なのかと尋ねられると首をかしげる事も多いと思う。こんなことをこのニュースを聴いて感じました。
2000年2月13日
平成12年2月7日大山参り
神奈川県伊勢原市の大山は、丹沢山系の南端に位置しています。そこにある阿夫利神社は紀元前96年頃の創建と伝えられ、大山祇神、雷神、高おかみの三神を祭っていて、山頂に本社、中腹に下社があって関東一円から参詣者がひきも切らずに訪れます。特産品には300年の伝統をもつ大山こまがあります。こま回りの良さと金運がついてまわるという縁起から全国的に有名です。
とりわけ最近では今年で10回目を迎える「大山とうふ祭り」は、大山開山以来、古くから大山に参詣される人々への精進料理として親しまれてきた「とうふ」、その豆腐に感謝して、大山の歴史や文化を味わう祭りをと始まりました。そして今では地域の観光振興に大きく寄与しています。
振り返って寄居町を見るとき、やはり祭るものとそれにちなんだ食べ物や特産品がどうしても必要だと痛感しました。『鉢形城』そして『・・・』を早く創出しましょう。